王都グランフェリア編 第15章:パート2「真相」
広間に重い沈黙が流れていた。
石壁に刻まれた古代の紋様が、揺れるランタンの炎に照らされて不気味に光る。天井の影が長く伸び、まるで過去の亡霊が現代を見下ろしているかのようだった。
その静寂を破ったのは、低く響く男の声だった。
ダリウス・ヴァルモンドが、まるで歴史の証人に語りかけるようにゆっくりと口を開く。
「――千年前、この地を支配していた旧体制は、王家の“聖杯”によって滅んだ」
その言葉に、リョウたち全員の視線が彼に集まった。
ダリウスの声は決して大きくない。だがその一語一語が、重く、心の奥に沈むように響く。
「聖杯は血と瞳を対価とし、民の心に“魅惑と熱狂”を与えた。人々は盲目的に王を讃え、隣人を疑い、そして互いに殺し合った。革命の炎は燃え広がり、やがて支配者を焼き尽くした」
リョウは息を飲んだ。
その光景が目に浮かぶ。群衆が歓声を上げ、王の名を叫びながら街を蹂躙する。理性を失い、ただ「正義」という幻想に酔う姿。
「……だが、その新たに築かれた秩序も、時が経つにつれ腐敗した」
ダリウスの瞳が冷たく光る。
「だからこそ、私はこの聖杯の力を再び振るう。50年掛かった。王家の書物を読み解き、遺跡を見つけついにたどり着いた。これでこの国の腐敗を一掃できる」
その瞬間、広間の空気が震えた。
彼が放つ言葉のすべてが、単なる過去の解説ではない。
――これは宣言だ。世界を塗り替える意志の。
モンブランが叫ぶ。
「そんなの……ただの狂気じゃないか!」
だがダリウスは冷ややかに彼を一瞥しただけで、淡々と続けた。
「狂気? 違う。秩序の再生だ。王家が隠した“聖杯”の真なる力、それこそが支配の根源だ。人の心を操り、世界を導く――神に最も近い権能」
エルネアの眉がぴくりと動く。
「……人の心を、操る?」
「そうだ」
ダリウスは右手を広げる。その指先に、黒い魔石のようなものが輝き始めた。
「聖杯の力とは、血を通して継承される“魅惑のカリスマ”。民衆の集団心理を支配し、絶対的な信仰を生み出す。千年前、この力によって旧体制は滅び、新たな王が創られた」
リョウが信じられないというように首を振る。
「そんなこと……あり得ない……!」
だが、ダリウスの笑みは崩れさず、懐から仮面を取り出す。
「否定しても無駄だ。人の心ほど脆く、操りやすいものはない。研究の副産物で得たこの仮面の効果はお前も知っていよう」
その瞬間、クラウスの眼光が鋭くなった。
「……それは子供たちを操った――」
ダリウスの目がわずかに細まる。
「おお~、そこまでたどり着いていたかクラウス殿。そうだ。祭壇に捧げるための“子供たち”――お前たちが探していた誘拐の犠牲者たちは、皆、銀髪碧眼だったろう?」
リョウの顔から血の気が引いた。
「……それが、条件……?」
ダリウスは頷く。
「聖杯の封印を解くためには、王家と近しい血筋を持つ“器”が必要なのだ。ヴァルモンド家は古くから王家と血縁にある。ゆえに、その血を継ぐ者たち――すなわち銀髪碧眼の子供たちこそが、聖杯の目覚めに適している」
言葉が、凍った刃のように胸に突き刺さる。
モンブランが拳を握り締め、怒りを抑えきれず叫ぶ。
「てめぇ……子供を何だと思ってやがる!」
ダリウスは冷ややかに笑った。
「犠牲? 違う。彼らは“選ばれし血族”だ。王を再び創るための、神聖なる器だよ」
その声には一片の罪悪感もなかった。まるで神の意志を代弁する預言者のように。
その時、エルネアが壁に刻まれた碑文へと駆け寄った。彼女の指が震えている。
「ま、待って……ここに古代文字がある……!」
彼女は羊皮紙を取り出し、震える手で文字をなぞる。
やがて、掠れた声で読み上げた。
「“血と瞳を捧げし時、聖杯は王を生む”……」
その瞬間、全員の背筋に冷たいものが走った。
リョウが呟く。
「……王を、生む?」
エルネアが震える声で続けた。
「聖杯の力は、王を“創り出す”儀式……人々の心を操り、絶対的な支配を確立する……“偽りの王”を生むための魔具よ……!」
ダリウスの口元が愉悦に歪む。
「その通りだ。民衆の熱狂を作り出す。どんな愚か者でも、どんな罪人でも、聖杯の祝福を受ければ“王”として崇められる。人の心を縛り、支配し、導く力。それこそが真の権威だ」
リョウは叫んだ。
「そんなものは支配でもなんでもない! ただの洗脳だ!」
しかし、ダリウスはリョウを見もせずに言った。
「違うな。これこそが“理想の統治”だ。誰もが幸福を信じ、同じ方向へ進む――混乱も争いもない。愚かな民には、それが一番の救いなのだ」
エルネアの瞳が怒りに燃える。
「それで……何人の命を奪うつもりなの? 子供たちまで犠牲にして!」
ダリウスは冷たく答えた。
「代償のない力など存在しない。だが、彼らの血が流れた瞬間――聖杯は再び目覚め、ヴァルモンドの名のもとに新たな秩序が築かれる」
リョウは一歩踏み出す。
「その未来を、お前の好きにはさせない」
だがダリウスはただ笑う。
その笑みは氷のように冷たく、同時に炎のような狂気を帯びていた。
「止められるものなら止めてみろ。千年前、誰もこの力を止められなかった。理想では民は導けない」
その瞬間、広間の床が鈍く振動した。
壺の表面に刻まれた古代の文様が淡く輝き始め、血のような赤い光が浮かび上がる。
リョウたちはその光景を見つめながら、確信した。
――ここが、すべての真実の中心だ。
そして、この瞬間から本当の戦いが始まるのだと。




