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なぜか盗賊家業に落とされた  作者: 空想するブタ
第2部:王都の遺跡編
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王都グランフェリア編 第15章:パート1「黒幕」


 広間の空気が凍りついた。

 王家の墓――高い天井に石のアーチがかかり、壁には無数の古代装飾が施されている。その中央には、金色に輝く巨大な壺が静かに鎮座していた。副葬品にしてはあまりにも存在感が強すぎ、まるでそれ自体が墓の主であるかのように。


 リョウたちは緊張と興奮の入り混じった視線を壺に向けていた。これこそが、幾多の仕掛けと試練を越えてきた先に待ち受ける「秘密」。だが次の瞬間――


 重厚な扉が、石壁を揺らすほどの軋んだ音を立てて開かれた。


 ギィィィィ……。


 誰もがそちらへ振り返る。

 誘拐団の頭目ですら驚きの色を浮かべ、一歩退いた。


 扉の向こうから姿を現したのは、一人の男だった。黒い外套をまとい、胸元には銀の紋章が輝いている。冷徹な眼差しは、まるで獲物を射抜く鷹のよう。男の後ろに続くのは、全身を黒鉄の鎧で固めた精鋭の私兵たち。誘拐団の粗暴な手下とは比べものにならない、鍛え抜かれた威圧感が広間を満たす。


 クラウスが息を呑み、緊張した声で名を口にした。

「……ダリウス・ヴァルモンド」


 その名を聞いた瞬間、エルネア達の全身に戦慄が走る。

 貴族ヴァルモンド家――古くから政治と軍事に影響力を持ち、裏ではさまざまな策謀を操ると噂されていた名門。その当主が、なぜこんな場所に……?


「お前が……誘拐団の黒幕か!」

 リョウは無意識に声を張り上げていた。短剣を握る手に力がこもる。


 だが、ダリウスは冷笑を浮かべ、リョウの言葉をあざけるかのように無視した。彼の視線は、ただ中央の金装飾の壺へと注がれている。


「……ようやく、ここに辿り着いたか、クラウス」

 低く響く声。その一言が、広間の空気をさらに張り詰めさせた。


 ダリウスはゆっくりと歩みを進める。私兵たちが左右に広がり、まるで彼の進路を守る黒い壁のように立ちはだかった。誘拐団の頭目でさえ、恭しく頭を垂れる。まるで長らく隠されていた主に対し、ようやく臣下の礼を尽くすかのように。


 モンブランが小さく声を漏らした。

「……あの誘拐団の連中ですら、従ってる……」


 仲間たちは皆、武器を握り直す。しかしダリウスが放つ威圧感は、単なる剣や魔法では到底対抗できないと直感させるほど重い。


 リョウは歯を食いしばり、彼の動きを見据える。

 ダリウスは壺の前で立ち止まり、その荘厳な装飾をゆっくりと撫でるように視線を這わせた。そして、薄く笑みを浮かべる。


「これが……王家の秘密。千年にわたり封じられ、今や忘れ去られた真の力。……我が一族が奪うべき正統の力だ」


 その言葉に、エルネアの瞳が大きく揺れた。

 王家の秘密――古代碑文に幾度となく記され、だが解釈が曖昧なまま伝えられてきた伝承。それを、彼は当然のように知っている。


 リョウが一歩前へ出る。

「何を企んでいる? 子供たちを誘拐させ、ここに連れてきた目的はなんだ!」


 ダリウスの口元がわずかに歪んだ。だが答える代わりに、彼はゆっくりと視線をリョウへ向けた。その冷徹な瞳は、氷の刃を突き立てられたかのように鋭く、リョウの喉を一瞬詰まらせる。


「貴様ごときが知る必要はない」

 ただそれだけを告げ、再び壺に向き直った。


 空気が重い。圧倒的な存在感に、誰もが言葉を失う。

 仲間たちは臨戦態勢を取ろうとするが、心の奥底で、剣を振るった瞬間に返り討ちに遭う予感を拭えないでいた。


 沈黙を破ったのは、エルネアの小さな声だった。

「……王家の秘密……それを狙って……」


 だが彼女の言葉を遮るように、ダリウスの私兵たちが一斉に剣を抜いた。鋭い金属音が広間に響き渡り、壁画の王たちが血の匂いを嗅ぎつけたかのように見える。


 ダリウスは振り返り、エルネアを見て興味深そうに、そして威圧的な声を響かせた。

「古代文字を読めるものがいるのか、だがここから先は、我が一族が受け継ぐべき領域。……余計な者は退け」


 その一言で、誘拐団の頭目は即座に片膝をつき、頭を垂れた。

 ――完全なる支配。


 リョウたちは、言葉を失ったまま立ち尽くすしかなかった。

 だが、心のどこかで確信する。

 この男こそ、すべての事件の中心。子供たちの誘拐も、壺を巡る陰謀も、王家の墓に秘められた謎も――すべては彼の手の中にある。


 沈黙と緊張が極限に達する中、クラウスの握る剣が汗で滑りそうになる。

 彼は自分に言い聞かせる。

(ここで退いたら、子供たちを救えない。真実を突き止められない。……俺たちは、戦うしかないんだ!)


 しかし、目の前に立ちはだかるのは、一国を動かすほどの力を持つ男。

 仲間たちの表情には、不安と決意が入り混じっていた。


 そして――王家の墓の深淵において、ダリウス・ヴァルモンドの威圧が、彼らにのしかかる。

 それはこれから始まる戦いの前奏であり、逃れようのない運命の扉が開かれた合図でもあった。

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