王都グランフェリア編 第14章:パート2「4人いれば………」
石球を退けた後も、回廊の空気は一向に緩むことがなかった。壁に打ち込まれたランタンが弱々しい炎を揺らめかせ、長い影を床に落としている。その影が妙に生き物のように見え、リョウは思わず足を速めた。石球の轟音が遠ざかっても、まだ心臓の鼓動は収まらない。
「ふぅ……なんとか切り抜けたな」
モンブランが胸を撫で下ろす。先ほど恐怖で声をあげたのが恥ずかしいのか、彼女は頬を染めてむすっとした顔をしている。
「気を抜くな。こういう仕掛けは連続して現れるもんだ」
クラウスの忠告に、モンブランは「わかってるって」と口を尖らせた。だが、彼女の目は好奇心に輝いている。未知の仕掛けや謎に触れることは、恐怖と同時に彼女の冒険心を刺激するのだった。
やがて彼らは、石壁に不自然に突き出た一本の鉄のレバーを発見した。表面は鈍く光り、周囲だけがほかの壁よりも新しい。そこだけ最近修繕されたかのように整っているのだ。
「見て! ほら、あそこ!」
モンブランが指を伸ばす。レバーはあまりにも目立つ位置にあり、まるで「ここを引いてください」と言わんばかりの存在感を放っていた。
「もしかして、これを引けば仕掛けが解除されるんじゃない?」
彼女はわくわくした様子でレバーに近づく。好奇心と期待が勝り、手が自然と伸びてしまう。
しかし、その手首をがっしりと掴んだのはクラウスだった。
「やめろ!」
その声は低く鋭く、空気を切り裂くように響いた。
「えっ、な、なに?」
突然止められたモンブランは目を丸くする。
クラウスは厳しい表情を崩さず、壁をじっと見つめていた。
「あんな分かりやすいレバーを本物だと思うな。罠に決まってるだろう」
「クラウス、よくぞ………止めてくれた………」
リョウもほっとして視線を移す。壁には古代の文様や装飾が施されていたが、その一部に不自然な切れ込みがあるのが見て取れた。クラウスは指でその彫刻をなぞり、冷ややかに言う。
「見ろ。レバーを引いた瞬間、天井の溝から槍が降ってくる仕掛けだ。引いた者はもちろん、周囲の仲間もまとめて串刺しにされる」
「うわっ……!」
リョウは思わず背筋を震わせた。危うく命を落とすところだったのだ。
モンブランは一瞬顔を青ざめさせたが、すぐにむすっと頬を膨らませた。
「ちょっと試しただけなのに……」
「試しただけで死んだら元も子もない」
クラウスは容赦なく切り返す。
リョウは苦笑しながら二人の間に入った。
「まあまあ。モンブランも悪気があったわけじゃない。ここは誰だって引きたくなるさ」
「そ、そうだよ! だって、こんな場所にあるなら絶対なにか意味があると思うじゃない!」
モンブランはリョウの言葉に乗じて反論するが、クラウスの冷たい視線に再び口をつぐんだ。
場の空気が少し重くなったが、次第に緊張もほどけていく。危機を回避した安堵感が、わずかに和やかな雰囲気をもたらしたのだ。
「とにかく、この迷宮は“冒険心”を利用してくる。気をつけないと痛い目を見るぞ」
クラウスが呟くと、全員が真剣に頷いた。
それでもモンブランは名残惜しそうにレバーを一瞥し、唇を尖らせている。エルネアはその仕草を見て苦笑しながら肩をすくめた。
「ほんと、モンブランといると心臓に悪いわね……」
「なに、それ!」
彼女は声を上げるが、その顔はどこか楽しげだった。危険を潜り抜けるたびに、彼女の心は冒険の高揚感でいっぱいになるのだ。
こうして偽のレバーを避けた一行は、慎重さを取り戻しながら再び歩みを進める。闇の奥にはまだ何重もの罠が待ち受けていることを、彼らは直感的に理解していた。だが、それでも一歩一歩進んでいく。その先に「王家の秘密」があると信じて――。




