王都グランフェリア編 第12章:パート4「合流」
クラウスが重々しい石扉を押し開けると、湿った空気が押し寄せてきた。通路の先は広い空洞で、石造りの壁に古代の紋様が刻まれている。ランタンの灯りがその模様を照らすと、まるで生き物のように浮かび上がり、どこか神秘的で不気味な雰囲気を醸し出していた。
扉を閉じずに進むと、前方に同じように開いた別の扉が見える。そこから差し込む光はランタンの炎よりも明るく、外界の空気を連想させた。胸騒ぎを抱えながら進んだクラウスの耳に、足音が重なるように響く。反射的に剣を構え、気配の主を警戒する。
次の瞬間、石造りの通路を挟んで、三つの影が現れた。リョウ、エルネア、モンブラン――。彼らも同時に出口の扉を押し開け、迷宮の奥から姿を現したのだ。
「……クラウス!」
「リョウ……!? お前たち、無事だったのか!」
互いに武器を構えたまま動きを止める。緊張が一瞬場を支配したが、その顔をよく見た途端、全員が安堵に崩れた。剣を下ろし、駆け寄ると、その場で大きな喜びの声が響き渡った。
迷宮の出口と地下通路――二つの異なる道を歩んできた仲間が、再び交差した瞬間だった。
リョウは肩で息をしながら言った。
「やっと……やっと出口を見つけたと思ったら……クラウスに会えるなんてな」
「こっちもだ。まさかこの通路が、迷宮の出口と繋がっているとはな」
笑みを交わす一方で、互いの姿を確認する。リョウたちの衣服は水や泥で汚れており、モンブランは髪に埃をまとわせていた。エルネアも杖を握り締め、疲労を隠しきれない。それでも全員が立っていることに、クラウスは心底ほっとした。
やがて、クラウスは真剣な表情に戻り、静かに切り出した。
「聞いてくれ。俺が見てきたもの、そして掴んだ情報を」
彼は遺跡に至る地下通路で見た壁画や、扉の向こうから聞こえた不気味な声を説明した。さらに、調査の過程で得た手がかり――ヴァルモンド侯爵をはじめとする一部貴族や商会が、この事件に深く関わっていることも。
「やつらは、ただの盗掘団や野盗じゃない。王都の中枢に繋がる人間が裏で動いている。組織的に、何かを探しているとしか思えん」
リョウたちは互いに顔を見合わせ、険しい表情を浮かべた。リョウが口を開く。
「……実は、こっちでも気づいたことがあるんだ」
リョウは、迷宮で出会った仕掛けや構造が、単なる墓荒らしのための迷路ではなく、古代都市の上水路や地下設備と繋がっていたのではないか、と説明した。壁に刻まれた古代文字や、水位を操作する仕組み――それらは生活インフラの一部として設計されたものだと、三人で推測していた。
「つまり……」エルネアが眉を寄せる。
「この遺跡は古代の都市全体と繋がっている。しかも、その水路が今の王都の地下通路にまで通じている可能性がある、ということですね」
クラウスは深く頷いた。
「その通りだ。そして……その繋がりをすでに奴らは知っている。いや、悪用している可能性が高い」
重苦しい沈黙が広がった。古代都市の水路が王都と繋がっている――もしそれが事実なら、遺跡の秘密は単なる冒険者の領域を超え、王国そのものを揺るがす脅威になり得る。水路を通じて密輸や人員の潜入、さらには兵の移動までもが可能になるのだ。
リョウはおぼろげに口を開く。
「じゃあ……あの罠や仕掛けを通らずにここまで来れたって事!?」
「そ、そうだな」クラウスは短く答える。そっと視線をそらした。
リョウは唇を噛み、拳を握り締めた。
「ふざけんな、お前よく見れば服とかそんなに汚れてないじゃないか、ちょっと来い!泥だらけにしてやる」
「遠慮しておく………!」クラウスとリョウはその場で輪になるように追いかけっこをするのだった。
エルネアは杖を地面に一突きして咳払いをする。
「とりえず………先を進みましょう………子供たちの安否も心配です」
「そうだな」リョウが応じる。「ここまで来たんだ。絶対にお宝も子供もあきらめないぞ」
モンブランは緊張を和らげるように、無理やり笑みを作った。
「ふふ、やっとみんな揃ったんだもん。大丈夫、きっと突破できるよ」
その言葉に、リョウもクラウスも口元をほころばせる。互いに違う道を歩んできた仲間たちが再び集結したことで、心の奥に新たな力が灯った。
ランタンの炎と迷宮の出口から差し込む光が混ざり合い、広間を照らす。三人と一人は肩を並べ、深い闇の先を見据えた。
そこに待つのは、古代都市のさらなる秘密か、あるいは人の欲望が生んだ新たな脅威か――。
だが彼らは恐れなかった。むしろ、胸の奥に燃える決意を強めていた。
「行こう」
リョウが一歩を踏み出す。
「王家の墓所が待ってる。その先で、すべての謎を暴こう」
クラウスも頷き、剣を握り直した。エルネアとモンブランも続き、再び一つの隊列が築かれる。
こうして――鏡合わせの迷宮を突破した彼らは、遺跡の最深部へと足を踏み出すのだった。




