王都グランフェリア編 第12章:パート2「ミラービースト」
鏡の分身を打ち破り、新たな通路へと足を踏み入れたリョウたち。
だが安堵の息をついたのも束の間、すぐに次の試練が待ち構えていた。
通路の両側には、高さ三メートルほどの巨大な鏡がずらりと並んでいた。どの鏡も滑らかな表面を持ち、こちらの姿をくっきりと映している。リョウがランタンを掲げると、炎の光が何十もの像を生み出し、通路全体が揺らめく海のように見えた。
「なんか……さっきよりいやな雰囲気するんだけど」
モンブランが短剣を握り直し、不安げに耳を動かす。
「ここはただの鏡の間じゃない。……仕掛けがまだ隠れてる」
リョウは壁際に注意を向け、床の石に細かな継ぎ目があるのを見つけた。
「エルネア、あれ見えるか?」
「はい。床石が不自然に切り分けられています……おそらく圧力板。足を踏み入れると作動する罠ですね」
彼女は目を凝らし、慎重にパターンを読み取っていく。
しかし、三人が足を止めたその瞬間――。
鏡の奥が波打つように揺れ、どろりとした黒い液体が溢れ出した。
そこから現れたのは、獣のような姿のモンスターだった。
四足歩行に鋭い爪、頭部は狼に似ているが、顔の中央には赤い目玉が一つだけ光っている。
「ミラービースト……!」
エルネアが小さく悲鳴をあげる。
「聞いたことある。迷宮に棲みつく幻獣……鏡を通して移動するって」
ミラービーストは低く唸り声を上げ、床を蹴った。
リョウが身を翻すと同時に、獣の爪が床を抉り、石片が飛び散る。
「くっ、速い!」
ランタンの明かりが揺れ、影が乱舞する。
その光景は、何体もの獣に囲まれているかのような錯覚を生み、判断を狂わせた。
モンブランが横から斬りかかる。だが、ミラービーストは鏡に飛び込むようにして消え、次の瞬間、別の鏡から飛び出してきた。
「ずるい!」
モンブランは反射的に避けるが、足を滑らせて危うく圧力板を踏みそうになる。
「待て! そこは――!」
リョウの叫びが届くより早く、石板が沈み込んだ。
ガコン、と鈍い音。
次の瞬間、通路の両脇から石の槍が突き出してきた。
モンブランは間一髪でしゃがみ込み、頭上を石槍がかすめていく。
「ひゃああああ! あぶなっ……!」
エルネアは顔を強張らせ、リョウに向けて叫ぶ。
「やはり罠とモンスターが連動しているんです! 踏み込めば獣に有利な状況になるよう仕組まれている!」
リョウは素早く周囲を見渡した。
――床の圧力板、壁の鏡、そして獣の動き。
すべてが繋がって一つのゲームのように設計されている。
「くそ……この迷宮、完全に遊ばれてるな」
だが、冷や汗を流しながらも、リョウの頭の中ではすでに解法の糸口が編まれていた。
「エルネア、罠の配置を読み切れるか?」
「……はい、少し時間があれば!」
「モンブラン、お前は獣の注意を引け! 鏡から出た瞬間を狙って足を止めるんだ!」
「え、ええ!? そんなの無茶――でもやる!」
リョウの号令で、三人は役割を分担した。
モンブランは獣の前で跳ねるように走り回り、「こっちだよ!」と叫んで気を引く。獣が飛びかかるたび、ギリギリで身をかわす。彼女の動きは必死で、だが軽やかでもあった。
一方でエルネアは床を見つめ、古代文字の記された小さな印を読み取る。
「……この模様、罠の連動を示してる! 赤い印の列を避けて進めば……!」
「よし、分かった!」
リョウは剣を構え、鏡の前に立ちはだかった。
獣が飛び出してくる気配――鏡が波打つ。
「来いッ!」
瞬間、剣を横薙ぎに振るい、鏡から現れかけた獣の顔面を叩きつけた。
ミラービーストは呻き声をあげて後退し、鏡面に再び引きずり込まれる。
「今のうちに!」
エルネアの叫びに従い、三人は彼女が指し示すルートを疾走する。
モンブランが「ひゃーっ!」と声をあげつつ飛び石のように駆け抜け、リョウが後ろを振り返ると、獣が鏡から現れて追いすがるのが見えた。
最後の一枚、赤い印の刻まれた床石を飛び越えた瞬間。
通路の奥にあった巨大な鏡が音を立てて砕け散った。
それと同時に獣の体が霧のようにほどけ、やがて光の粒となって消滅していった。
通路に、静寂が戻る。
荒い息を整えながら、三人は互いに顔を見合わせた。
「ふぅ……今の、死んでてもおかしくなかったよね……」
モンブランが腰に手を当て、ふらふらと座り込む。
リョウは剣を下ろし、冷や汗をぬぐった。
「この迷宮……ただ脅かすだけじゃない。本気で殺しにきてる」
エルネアは砕けた鏡を見つめ、深くうなずく。
「罠とモンスターが一体化している……王家の墓所を守るための仕組みだとすれば、あまりに周到です」
リョウは改めてランタンを掲げ、暗い奥を見据えた。
先ほどまで以上に張り詰めた空気が、通路の向こうから漂ってくる。
「……ここからが本番かもしれないな」
三人は再び気を引き締め、深い迷宮の奥へと足を踏み入れていった。




