王都グランフェリア編 第12章:パート1「鏡合わせの迷宮」
迷宮の奥で重い石扉が軋みながら開いたとき、ひやりとした冷気が頬を撫でた。
リョウはランタンを高く掲げ、目の前の光景に思わず息をのんだ。
そこは、まるで巨大な万華鏡の中に迷い込んだかのような空間だった。
床も壁も天井も、すべてが磨き上げられた鉱石で覆われ、ランタンの明かりを反射してどこまでも光が広がっている。自分たちの姿が無数に映り込み、どこが本当の進行方向なのかさえわからなくなるほどだった。
「……完全に迷宮だな」
リョウは剣の柄に手をかけ、慎重に一歩踏み出す。
足音が何倍にもなって響き、まるで四方八方から足音が迫ってくるかのように錯覚する。
「壁に古代文字がありますね……。どうやら『王の眠りを妨げる者、ここで己を知るべし』と書いてあります」
エルネアが指先で壁の刻印をなぞる。
この遺跡探索において彼女の知識と観察力は誰よりも頼りになる存在だった。
「己を知る……ということは、何か幻覚系の罠かもしれません」
「いやーな予感しかしないんだけど」
モンブランは小声でつぶやき、リョウの背中にぴったりつく。
ランタンの明かりが揺れるたび、鏡面に映る自分たちの影もまたゆらめき、不気味さが増した。
そのときだった。
――ぴしり。
鏡面にヒビが走ったかと思うと、そこから黒い液体のようなものが滲み出す。
見る間にそれは人型となり、三人とまったく同じ姿に変わった。
「……分身!?」
リョウは反射的に剣を抜き、目の前に現れた“もう一人のリョウ”と対峙する。
分身はにやりと笑ったかのように剣を構え、同時にモンブランの影とエルネアの影も飛び出してきた。
「く、来るよ!」
モンブランが短剣を構える。だが相手は自分とまったく同じ速度と動きで迫ってくる。
リョウは一歩踏み込み、鏡面から生まれた自分自身の分身と短剣を打ち合わせた。
鋼がぶつかり、甲高い音が迷宮中に響きわたる。
エルネアは後退しつつ、壁に刻まれた文字を読み取る。
「この迷宮は、侵入者を“写し鏡”で試す仕組みのようです。彼らは完全な模倣体……戦えば戦うほど、こちらの癖や動きを学習してくるはずです!」
「学習する分身なんて、たまったもんじゃない!」
リョウは汗を飛ばしながら応戦するが、確かに攻撃がどんどん鋭くなっていく。
鏡面の向こうにもさらにいくつもの影が蠢いており、これが際限なく続くのかと思うと背筋が凍る。
「どうするの、リョウ!」
モンブランが叫ぶ。
彼女は自分の影をなんとか蹴り飛ばすが、影は霧のように散ったあと再び鏡面から現れる。
「倒しても意味がないよ、これ!」
リョウは一瞬目を閉じ、深呼吸する。
――鏡、反射、模倣……何か、必ず仕掛けがあるはずだ。
「エルネア! この迷宮、出口はどこにある?」
「分かりません、ですが……中央の鏡に何か紋章のようなものが見えます!」
エルネアが指さした先、ひときわ大きな鏡の中央に、円形の古代紋章が刻まれていた。
リョウは影の短剣を弾き、鏡の前へと走る。
分身が進路を塞ぐが、モンブランが飛び出してその腕を払った。
「行って! リョウ!」
リョウは鏡に短剣を突き立てた。
硬質な音とともに、鏡面に大きなヒビが走る。
すると分身たちが一斉に動きを止め、霧散していった。
鏡は粉々に砕け、砕片が光となって宙を舞う。
「……はぁ、なんとかなったか」
リョウは短剣を下ろし、息をつく。
迷宮の奥にある扉が、ゆっくりと開いていく音がした。
再び進むべき道が、彼らの前に現れたのだ。
「“己を知れ”って、そういう意味だったんですね。戦い続けるより、仕掛けを見抜くことが試練だった……」
エルネアが感心したようにつぶやく。
モンブランは尻もちをつき、胸を押さえて笑った。
「もう、心臓が止まるかと思った……!」
リョウは彼女の手を取って立たせると、微笑んだ。
「まだ先がある。気を抜くなよ」
そう言って、ランタンを掲げながら奥の扉へと歩き出す。
三人の影が再び壁に映り、今度はただの影として彼らの後を追った。




