第4章:抜けるための準備
盗賊ギルドを抜けるというのは、ただ辞表を出して「お世話になりました」と頭を下げる程度の話ではない。
裏切り者、逃亡者、反逆者――それがギルドを抜ける者に与えられる称号だった。
「粛清って、どれくらいヤバいの?」
リョウが小声で尋ねると、クラウスはゆっくりと首を振った。
「“血の月”って呼ばれてる夜があるだろう? あれ、全部抜けようとした連中の粛清日だ」
「え、あの奇祭みたいなやつ!? バナナ投げたり、変な踊りしたりする……」
「そう、奇祭ではなく見せしめだ。バナナは血の匂いを隠すための飾りだ」
「そんな意味が……!?」
「嘘だよ。バナナは俺が勝手に持ち込んだ」
「てめぇええ!あの皮で足滑らして大恥かいたぞ!」
廃屋に戻ったリョウは、湯気の出る雑炊を前に息をつきながら言った。
「それにしても、俺たち、なんでこんな命がけで抜け出そうとしてんだっけ?」
「人としての尊厳だよ」エルネアが湯呑みを差し出しながら言った。「あたしはね、朝から死体に囲まれて薬湯でも飲んでのんびりした老後を過ごしたいの」
「いや、死体から離れろよ……」
モンブランはうんうん頷きながら鍋をかき回していた。「わたしも、ご飯をちゃんと作って、普通に“いただきます”って言える暮らしがしたいの」
「今だって“いたらきます!”って魔物が言ってるけどな」クラウスが横から突っ込んだ。
4人は作戦会議を開いていた。
「力で抜けるのは不可能だ。ギルドの戦力は本部に近づくほど精鋭ぞろい」
「じゃあ、情報で優位に立つ?」
「うむ。証拠を掴んで、上層部を脅すんだ」
クラウスは地図を広げ、ギルド内の保管庫や、賄賂の金が動く経路を指でなぞった。
「それと、抜けた後の後ろ盾が必要だ。あの子――ナリスの一族に頼ってみるのはどうだ?」
「金を生み出す一族……恩を売っておいて良かったな」
エルネアは頷きながら、聖堂経由で連絡を取る手段を準備し始めた。
「でもあんた、前に聖堂で“これは神の導きです”ってゾンビ薬投げたわよね」
「今回は本当に神の導き……ってことにしておいて。なんなら演出するわ」
「演出ってなに!?」
その晩、リョウはひとりギルド近くの橋で立ち止まっていた。
あの時の馬車事件――彼がこの世界で初めて関わった事件――が、なぜか頭から離れなかった。
異世界に転生した直後、馬車が襲われていた。
正義感で助けようとしたリョウは、なぜか手にしていた土鍋で敵の頭をぶん殴り、騒動を止めた。
しかし、その馬車に乗っていたのは“被害者”ではなく、実は盗賊たちだった。
「助けたと思ったら、悪党だったってなんだよ」
リョウは自嘲気味に笑いながら、その時の様子を思い出していた。
馬車の内部には異様な木箱が積まれていた。
一見するとただの木箱だったが、封印用の魔法が施されており、誰も開けようとしなかった。
だが、リョウは一瞬だけ、その箱がかすかに揺れたのを目撃していた。
「あれは……生き物だったのか? それとも……」
その後、木箱はギルド本部に運び込まれ、幹部たちは即座に“内密会議”へ。
会議が終わった数日後、参加していた幹部のうち数人が姿を消した。
(おかしい……ただの盗品なら、あんな厳重な封印は必要ない)
(あの馬車こそ、ギルドの核心に関わるなにかだったんじゃ……)
リョウは事件の真相を探る決意を固めた。
「もしこれがギルドの“弱み”なら、俺たちが抜けるための鍵になるかもしれない」
ギルドの奈落に足を踏み入れることになるとしても――それでも、彼は前に進むしかなかった。
仲間たちを守るために。人として生き直すために。
そして、金や名誉ではない“自由”のために。
彼らの準備は、静かに、だが確実に進行していく。
次の章――それは、反逆の幕開けだった。