王都グランフェリア編 第11章:パート1「古代水路」
石の迷宮を抜けた瞬間、三人の眼前に広がったのは、ひんやりと湿った空気に満ちた地下空間だった。
壁一面に水滴がつたっており、遠くから響いてくる水音が、まるでこの場所全体が生きているかのように反響している。
リョウは思わず息を止め、湿気を含んだ空気を胸いっぱいに吸い込んだ。迷宮を抜けるまでに空気がよどんでいる行き止まりにぶつかり何度も息を殺して進んできたため、肺が焼けるようだったが、ここに満ちる水の匂いが妙に心地よくもあった。
「……やっと抜けたか」
思わずつぶやくと、モンブランが大きく伸びをした。
「ひゃー……もう、あんなぐるぐるした道こりごりだよ!」
その横でエルネアが呪文を唱えてる。すると遺跡の壁伝いに灯りが灯っていく。そこは苔むした石造りの壁と、足元を流れる幅広い水路だった。
水は濁ってはおらず、むしろ不自然なほど澄んでいる。かすかに青白い光を反射して、ゆるやかに流れていた。
壁面には苔だけでなく、古代文字らしき刻印が並んでいる。長い年月を経てかすれ、ところどころ読めなくなっているが、意図的に整列した彫刻が壁の全域に広がっていることから、ただの落書きではないと分かる。
「まだ魔法機構が生きていて助かりました。ランタンを持っていたので腕がパンパンです」
そうエルネアはつぶやくとランタンの火を消した。
「……今までのところと違ってだいぶ整理された区画だな、これは」
リョウはしゃがみ込み、手のひらで足元の石畳をなぞった。
目地の隙間は正確で、同じ大きさの石が綺麗に敷き詰められている。長年の水流で角は丸くなっているが、それでも整然とした形が残っている。
「ここは、ただの遺跡じゃない。都市全体を巡る……上水路みたいなものかもしれない」
「じょうすいろ?」モンブランが首をかしげる。
「人々の生活のために、きれいな水を運ぶための通路だ。川や泉から水を引いて、都市全体に配るために造られたんだろうな。昔の文明なら、こういうのを造るのに膨大な時間と労力がかかったはずだ」
「じゃあ、ここって、ただの遺跡じゃないってこと?」
モンブランの声には、わずかな興奮が混じっている。
エルネアも杖の先で苔をなぞりながらうなずいた。
「確かに……ここは“祭壇”としての遺跡ではなく、当時の人々が日常的に使っていた“施設”だったと考えられますね。少なくとも、作りがあまりにも精緻です」
リョウはその言葉に、胸の奥がわずかにざわめくのを感じた。
遺跡、迷宮、仕掛け。これまで経験してきた冒険は、どこかゲームのように感じていた。しかし今、自分たちが立っている場所は、かつて実際に人が歩き、暮らしていた空間なのだと思うと、心が躍る。
彼は振り返り、仲間二人の表情を確認する。
モンブランは興味津々といった様子で水路の向こうを覗き込んでおり、エルネアは険しい顔で壁に刻まれた文字を読もうとしていた。
二人とも、これから先に進むことを迷ってはいない。
「……行こう」
リョウは短く言い、腰の装備を確かめる。ここから先は、迷宮以上に危険が潜んでいるかもしれない。
足を踏み出した瞬間、ぬるりとした石畳が滑りそうになり、思わず体勢を崩しかける。
「気をつけろ、足元が滑る」
「りょ、了解!」モンブランが返事をする。
エルネアはそっと微笑み、二人の後をついていく。
水路の両脇に続く細い歩道を進んでいくと、奥の方から水音が次第に大きくなっていく。流れが急になるのか、それとも滝のような場所があるのかもしれない。
湿気と苔の匂いが濃くなり、服がじっとりと肌に貼り付く感覚が不快だった。
それでも三人は歩みを止めなかった。
やがて通路は緩やかにカーブし、視界の先に新たな石門が見えてきた。
リョウはその門を見つめながら、胸の奥で直感が囁くのを感じた。
――王家にまつわる秘密に、古代人の水路、一体なぜつながっている?
彼は無意識に拳を握りしめ、奥へと続く通路を見据えた。
心臓の鼓動が早まる。冒険の先に待つものが、宝なのか、それとも危険なのか、まだ分からない。
だが一歩踏み出さずにはいられなかった。
「行こう、先に進むぞ」
三人は無言でうなずき、湿った古代の水路をさらに奥へと進み始めた。




