王都グランフェリア編 第10章:パート3「奇襲」
廃屋の前、月明かりが斜めに差し込む石畳の上で、仮面の集団は子供を抱え込むようにして中へと消えかけていた。
その刹那――影から疾風のように人影が飛び出す。
クラウスだ。潜伏していた塀の陰から、全身のバネを爆発させるように飛び出した。息を飲む暇もなく、彼の剣は最も後ろに位置していた1人目へと振り下ろされる。
「――ッ!」
刃が肉を裂く音。仮面の男は声を上げる間もなく地面に崩れ落ちた。黒い仮面が地面を転がり、石畳に乾いた音を立てる。クラウスは余韻を味わう暇もなく、次の敵へと体を滑らせる。
2人目は異常に気づいた。腰の武器を抜き払い、唸り声を上げながら反撃に出る。刃が月光を弾き、鋭くクラウスへ迫る。
だがクラウスの目には、その一瞬の動きの緩さがはっきりと映っていた。盗賊として修羅場を潜り抜けてきた経験が、体を自然に動かす。
「遅い!」
低く吐き捨てると同時に、クラウスは身を屈めて敵の懐へ滑り込み、すれ違いざまに剣を横に払った。鋼が肉を裂き、二人目は苦悶の声を漏らして膝を折る。鮮血が月明かりに煌めき、石畳に散る。
――あと1人。
クラウスは息を荒げながらも即座に次の動きを探る。だが、3人目の男は他の2人と違っていた。
「……チッ」
舌打ち一つ。奴は素早く状況を飲み込み、子供の一人を腕ごと掴み上げると、咄嗟に短剣を抜いて喉元へ突きつけた。
「動くな」
低く響く声。仮面の奥から光る眼差しは冷酷そのものだった。
クラウスは反射的に足を止める。胸に渦巻いていた戦意が、鋭い鎖で縛られるように動きを封じられた。
子供の瞳はすでに仮面の効果で空ろだ。恐怖の叫びすら上げない。だがだからこそ、細い喉に突きつけられた刃の冷たさが余計に際立ち、見る者に生々しい現実を突きつける。
「……卑怯な」
クラウスの口から低い声が漏れる。
だが刃は確実に子供の命を握っている。踏み込めば一瞬で喉が裂かれるだろう。それは目を背けようのない事実だった。
彼の握る剣はまだ血に濡れている。だが、振り抜くべき相手はもう目前にいるのに、その腕は重く動かない。喉を突きつけられた子供と、仮面の奥でわずかに嗤うような気配を漂わせる男。その構図は、刹那にしてクラウスの体を縫い止めていた。
心臓が激しく鳴り響く。頭の中で策を必死に巡らせるが、冷静な分析を許さぬほど状況は切迫している。
――子供を犠牲にするわけにはいかない。
――だが一歩でも間違えれば即死だ。
血に塗れた戦場をいくつも渡ってきたクラウスですら、いま全身が硬直するのを止められなかった。剣先が揺れる。汗が額を伝い、唇を噛みしめる。
「どうする?」仮面の男の声が冷ややかに響いた。「ここで剣を捨てるか、それとも……目の前でこの子供が死ぬのを見届けるか」
夜風が吹き、石畳を血の匂いが覆う。クラウスは、決断を迫られていた。




