王都グランフェリア編 第10章:パート2「洗脳」
廃屋の前。ひび割れた扉の前に立つ仮面の男たちは、ためらう様子もなく子供を中へ引きずり込もうとしていた。
クラウスの眼は、その瞬間に捉えた異様な光景に強張る。男たちは懐から取り出した不気味な黒い仮面を、無理やり子供の顔へ押し当てていたのだ。抵抗しようと泣き叫ぶ声が短く響くが、仮面が密着した途端、途切れた。次に顔を上げた子供の瞳は、恐怖も涙も宿さず、空ろに揺れている。
「……やはり洗脳、か」
クラウスの背筋に冷たいものが走る。仮面そのものが術式を帯びているのか、あるいは何らかの呪具なのか。いずれにせよ、子供たちは自らの意思を奪われ、人形のように操られている。それを当然のように扱う仮面の男たちの冷酷さに、胃の奥が反転するような嫌悪が込み上げた。
子供は二人。兄妹だろうか、小さな手が互いを探すように触れ合うが、その仕草すら力なく途切れる。男たちは仮面をつけ直すと、まるで荷物を抱えるように乱暴に腕を掴み、荒れ果てた屋敷の中へと引き込もうとする。
クラウスの呼吸は自然と荒くなった。思考が激しく渦を巻く。
――これは明らかに「誘拐」だ。
――見逃せば、子供たちは二度と戻れなくなる。
――だが、敵は3人。こちらは1人。
冷静に考えれば、分は圧倒的に悪い。奴らの正体も力も不明。しかも屋敷に踏み込めば、さらに仲間が潜んでいる可能性だってある。盗賊時代、クラウスは常に状況を分析し、不利な戦いを避けることで生き延びてきた。それが鉄則だった。
だが、今――胸の奥でその鉄則が揺らいでいる。
「ここで……見過ごすのか?」
自分に問いかけた声は、ほとんど喉から漏れた呻きに近かった。足は震えている。頭は戦いを避けろと叫んでいる。だが、目の前で弱者が蹂躙される光景を、このまま背を向けて見過ごせるか。
胸の奥に去来するのは、かつての自分の姿だった。盗賊団に身を落とし、ただ己が生きるためだけに刃を振るっていた頃。あのとき守れなかった命、助けられなかった人々。後悔と罪の重さは、未だに夢の中で彼を責め立てる。
――もう二度と、あの時のように背を向けたくはない。
拳を握りしめた瞬間、心臓の鼓動がひときわ強く胸を叩いた。迷いはまだ消えていない。だが、行動しなければ後悔だけは確実に残る。それだけは、嫌というほど知っていた。
「不利だろうが……やるしかない」
クラウスは塀の影で深く息を吸い込み、吐き出した。視線は既に敵の背中を捉えている。三人の配置、子供を抱える動き、その油断。奇襲を仕掛けるなら今しかない。
月明かりの下で、彼の瞳は決意に鋭く光った。




