王都グランフェリア編 第9章:パート1「隠し通路」
血痕が途切れたその場所で、三人は立ち止まった。
ランタンの灯りが、石造りの壁をじわりと照らす。凹凸に影が落ち、古代の建築物特有の冷たい重圧感が空気を押し潰しているようだった。
リョウはしゃがみ込み、床に指を這わせた。石の表面にはうっすらと赤黒い染みが残っている。まだ乾ききっていない。鉄の匂いが鼻を突き、彼は無意識に眉をひそめた。
「……やっぱり、ここで途切れてる」
小声でつぶやきながら、床から壁へ視線を移す。
エルネアは真剣な表情で壁を指先でなぞった。ランタンの灯りで淡く浮かび上がり、古い石材の目地を照らす。しかし、特別な仕掛けや魔法の反応は感じられないようだった。
「魔力の痕跡もありません。封印や隠し扉を隠すための術式なら多少は残滓があるはずですが……」
彼女は首を横に振り、悔しげに吐息を漏らす。
モンブランは腰をかがめ、獣のように鼻をひくつかせた。
「血の匂いはここで薄れてるね。……続きはない。急に途切れてる。子供が歩けなくなって担がれたとか、そういうことじゃないかな?」
「でも、それなら血痕がここで消える理由にはならないよ」リョウは即座に否定した。
立ち上がり、壁一面を見回す。崩れた石、苔むした隙間、装飾の欠けた模様……目に入るもの全てが、何かのサインのように思えてくる。だが同時に、手掛かりはどれも中途半端で決定打に欠けていた。
沈黙が数秒続く。
リョウは唇を噛みしめ、ようやく言葉を絞り出した。
「……子供を連れて、こんな複雑な通路を抜けるなんて不可能だ。きっと近道があるはずだ。隠し通路か、抜け道か……」
その推測は三人の胸に重くのしかかった。もし本当にそうなら、遺跡の仕組みに精通し、長く利用していたことになる。
エルネアは杖の先で壁を叩き一枚ずつ調べ、隙間や不自然な段差を探った。モンブランも爪で床石を引っ掻き、浮き上がる仕掛けがないか確認する。リョウは天井や壁の装飾を目で追い、古代遺跡の仕掛けを必死に思い出していた。
「壁画の模様が途切れてる……ここか?」
「いや、ただの崩落痕だな」
「床石の色が違う……」
「ただの水染みだ。罠の可能性もある、下手に触るな」
三人の声は次第に苛立ちを帯び、焦燥が募っていった。
それでも希望を捨てず、彼らは壁を叩き、石の響きを確かめた。鈍い反響、硬い質感、そしてどこまで探しても変化はなかった。
リョウは背中を壁に預け、荒い息を吐いた。
「……駄目だ。どうしても見つからない」
額に滲む汗を拭いながら、彼は現実を突きつけられる。
確かに血痕はここで途切れている。足跡の主は、何らかの方法で先へ進んだのだろう。だが、その痕跡を外部の者が発見できるようには作られていない。彼らが必死に探しても無駄なのは、設計者がそう意図したからだ。
エルネアも悔しげに唇を噛み、杖を下ろした。
「隠し通路があるのは確か。でも……今の私たちには見抜けません」
「魔力じゃなく、機械仕掛けの可能性もあるね。だとしたら……外から探っても分からない」モンブランが低く唸る。
リョウは暗闇を見つめながら、胸の奥で小さな怒りを覚えた。
目の前に助けを求める子供の痕跡がある。だが、それ以上は進めない。手が届きそうで届かない現実に、拳を握りしめた。
「……ちくしょう」
だが同時に、彼は冷静さも取り戻していた。
これ以上ここに留まっても答えは出ない。遺跡は広大で、まだ先へ進む道が残されている。ならば――。
リョウは立ち上がり、二人を振り返った。
「隠し通路はある。けど、今の俺たちには突破できない。……進もう。正規の道を行けば、必ずどこかで繋がるはずだ」
エルネアは短く目を伏せた後、静かに頷いた。
モンブランも渋々ながら「仕方ないね」と返す。
三人は再び歩みを揃え、暗い通路を奥へと進み始めた。
背後に残された血痕が、沈黙のうちに彼らを見送っていた。




