王都グランフェリア編 第8章:パート3「足跡と血痕」
王家の秘密を示す石盤を発見してからというもの、三人の胸中には言いようのない重苦しさが広がっていた。フェリア王家にまつわる血筋や継承の証。もしそれが事実なら、この遺跡は単なる古代の遺構ではなく、国の根幹を揺るがしかねない「証拠の倉庫」なのだ。
リョウはランタンを持ち直し、無言のまま通路の奥へと視線を向ける。その暗がりは、今まで以上に濃い影を抱え込み、まるで彼らを飲み込もうとする口のように思えた。
「……嫌な空気だな」リョウがつぶやく。
エルネアも小さく頷き、杖を握る手に力を込めていた。彼女の顔に浮かぶ緊張の色は、いつもの冷静さを保ちながらも、その奥に張り詰めた糸のような警戒心を隠していない。
そんな二人をよそに、モンブランはふと足を止めた。鼻をひくつかせ、耳を澄ませるように辺りを見回す。彼女の感覚は、モンスター使いとして鍛えられた勘に近いものがあった。
「……ねぇ、ちょっとこれ見て」
モンブランの声に、リョウとエルネアは同時に振り返った。
「どうした?」
モンブランは無言で床を指差す。石造りの床に、かすかな異変が刻まれていた。
「……足跡?」リョウが眉をひそめる。
松明の光を近づけると、確かに石の床に複数の跡が残っていた。石畳に直接刻まれるほど深くはないが、湿った泥や砂が靴底から転写されたように形が浮かび上がっている。
エルネアがしゃがみ込み、指でなぞった。
「まだ新しい……乾ききっていない。数時間前か、遅くても一日以内のものね」
リョウは胸の奥がざわつくのを覚えた。遺跡の奥深く、こんな場所に、他の人間が足を踏み入れているという事実。それは偶然の探検者ではなく、意図を持ってここに連れ込まれた者の存在を示唆していた。
「待って……これは……」モンブランの声が硬くなる。
彼女の視線は、足跡の隣に点々と落ちていた暗い染みへと向けられていた。松明の炎に照らされて、それは鈍い赤黒い光を放っている。
「血痕だ」リョウが低く言った。
床に散らばる血の跡はまだ乾ききっておらず、指で触れればじっとりと湿り気を感じそうなほど新しい。量は少ないが、連続して点々と続いていることから、誰かが傷を負ったまま奥へと進んだ痕跡であることは明白だった。
「足跡の大きさを見ろ」エルネアが慎重な声で告げる。
モンブランはすでにそれに気づいていたのだろう。小柄な自分の足と重ね合わせるように見比べ、表情を硬くする。
「大人じゃない。……子供の足跡だ」
その言葉は、重く三人の心に突き刺さった。
リョウは拳を握り締め、苛立ちを隠さなかった。
「やっぱりか……。同じ時期に噂が立ったからきな臭いと思ってたんだ。子供の誘拐事件と、この遺跡は繋がってる」
彼の脳裏には、王都で耳にした数々の不穏な噂が蘇る。行方不明の子供たち。仮面をかぶらされた子供が目撃されたという証言。すべてが点となって散らばっていたが、ここにきて一本の線として繋がり始めていた。
「血まで残ってる……。無事だとは思えないな」モンブランが唇を噛む。
「だが、まだ“生きてる可能性”はある」
リョウはそう言い切った。希望を繋ぎ止めるためではなく、確信に近い直感だった。血痕が乾ききっていないということは、数時間以内の出来事。ならば、子供はまだこの遺跡のどこかにいる可能性が高い。
エルネアが静かに頷いた。
「王家の秘密と、子供の誘拐事件……偶然じゃ済まされない。どちらも同じ根に繋がっている」
リョウは改めて足跡と血痕を見下ろした。赤黒い染みは奥の通路へと続き、暗闇に吸い込まれるように消えている。その先に待ち受けるものが、ただの罠やモンスターでないことは、誰の目にも明らかだった。
「……行くぞ」リョウが短く告げる。
モンブランは拳を握りしめて前に出た。
「当たり前だ。子供を見捨てるわけにはいかないもん」
エルネアも杖を構え直し、冷静な声で言葉を添える。
「この先は危険が増すでしょう。でも、もう引き返すわけにはいきませんね」
三人の視線が暗闇の先に向けられた。その奥に何が待つのかはわからない。ただ一つ確かなのは、ここから先が誘拐事件の核心であり、王家の秘密へと至る道であるということだった。
リョウはランタンを高く掲げた。灯りが揺れ、血痕の赤を一層鮮やかに照らし出す。まるでそれが、子供たちの無言の叫びであるかのように。
「必ず見つけ出す」
低く、しかし確かな決意が、遺跡の冷たい空気を震わせた。




