王都グランフェリア編 第8章:パート1「時間感覚」
どれほどの時間が経ったのだろうか、とリョウは思った。
遺跡の中に入ってから、数度の休憩を挟み、敵と遭遇し、行き止まりを調べ、また進んで……その繰り返しで感覚はとうに麻痺している。暗闇の中では朝も夜もなく、ランタンの明かりだけが時の流れを示す唯一の証拠だった。しかしその灯りさえ、どれほどの時間を燃やしているのか測る手立てはない。
この世界では、一日は三十時間で区切られている。地球にいた頃の二十四時間よりも長い。だから一日の「体感」も違うはずなのだが、いま自分の体に蓄積している疲労は、明らかに十時間を超えていると訴えていた。肩は重く、脚は鉛のようで、目の奥にはじんじんと鈍痛が広がっている。息をつくたびに肺の奥まで淀んだ空気が入り込み、内側から疲れを倍加させるようだった。元盗賊で慣れているとはいえ、遺跡内で半日近い時間を過ごすのは精神的にも肉体的にも危険を伴う。リョウは元居た世界の知識から、これ以上手掛かりがなければ一旦引き返すことも視野に入れる必要があると頭の中で計算していた。
「……ふぅ」
短く吐いた息が白く濁り、すぐに闇に溶けた。遺跡内部は地下深く延びているためか、外気よりも冷え込んでいる。湿った石壁からは絶えず水が滴り落ち、ぽたり、ぽたり、と単調な音を響かせていた。その音が、逆に自分たちがどれだけ長く留まっているのかを意識させる。
エルネアは壁際に腰をかけて、古びた巻物を取り出し、淡い光をともして記号のような文字を整理していた。解読をやめれば疲れがどっと押し寄せてしまうのだろう。目の下には隈が浮かび、長い睫毛の影が濃く落ちている。彼女もまた、疲労の限界に近づいているのは一目でわかった。
一方、モンブランはといえば、持参した干し肉を口に押し込みながら背を壁に預け、時折うたた寝をしては首を揺らしている。だがその手は常に武器の柄を握りしめ、眠っているようで眠っていない。長年の盗賊としての習性が、半覚醒の警戒心を彼に与えているのだ。
「……そろそろ、行こうか」
自分の声が意外なほど掠れていたことに、リョウは少し驚いた。
休憩は十分に取った。食料も水も限りがある。ここで立ち止まっていても、疲れが取れるどころか精神が削れていくだけだろう。石に囲まれた閉塞感は、心の奥底にじわじわと不安を染み込ませる。だからこそ動き続けることが唯一の防御であり、理性を保つ術だった。
「はい、そうですね」
エルネアが巻物をしまい、立ち上がる。少しふらついたが、すぐに背筋を伸ばして表情を引き締めた。
「私も準備はできてる」
モンブランが最後の一口を飲み込み、軽く肩を回す。目の下には疲れが隠せないが、それでも戦士の気迫は崩れていない。
三人は互いに短く頷き合った。
遺跡の奥へ進むたびに、ただの廃墟ではないという感覚が増していく。崩れかけの石造りの壁の裏には、誰かが意図的に仕掛けた罠が潜んでいた。壁画には王家の紋章が刻まれ、消されかけた祈祷文が並んでいる。さらに進むほど、誰かが「この遺跡に秘められた何か」を隠そうとした痕跡が濃厚になっていった。
リョウは無意識に背筋を伸ばす。
「この遺跡……やはりただの廃墟じゃない」
心の奥でそう確信した瞬間、鼓動が強く鳴り響いた。疲労で鈍りかけていた感覚が一気に覚醒する。
この遺跡には、まだ見ぬ「秘密」が眠っている。金銀財宝か、あるいはそれ以上の存在か。それが何であれ、ここに踏み込んだ以上、何らかの手がかりを持ち帰りたい――リョウはそう思わずにいられなかった。
松明の炎がゆらめく。闇の奥はなお深く、三人を誘うかのように口を開けている。
「行こう」
誰ともなく発せられたその言葉に従い、三人は再び歩みを進めた。




