王都グランフェリア編 第7章:パート4「地下通路の地図」
分厚い帳簿をめくる指先が、不自然な感触を捉えた。ページとページの間に、本の厚みにそぐわない膨らみが潜んでいる。クラウスは息を殺し、慎重に帳簿を開いた。そこに挟まれていたのは、一枚の古びた羊皮紙だった。
月明かりが窓から差し込み、淡い銀色の光が羊皮紙の上を照らす。そこには黒ずんだ線で複雑な通路が描かれ、いくつかの箇所には赤い印が刻まれていた。
――地下通路……。
クラウスの脳裏に先ほど天井裏で聞いた執事と兵士の会話がよみがえる。地下通路の警備、例の品を外へ出すな――その言葉が、まさにこの地図と呼応している。
羊皮紙には明らかに、地下へ降りる階段の位置や、屋敷の奥から延びる秘密の抜け道が記されている。だが、所々に煤けたような痕があり、線が途切れていた。誰かが意図的に削り取ったのか、それとも長い年月で摩耗したのかはわからない。
クラウスは眉をひそめた。完全な地図ではない。これだけでは決定打にはならない。しかし確かに、地下へと続く何らかの道筋が存在している証拠だ。
「全部を覚えるのは……無理だな」
脳裏に必死に焼き付けようと試みたが、地図は複雑に入り組み、交差する通路が多すぎた。加えて赤い印が何を意味しているのか、すぐには理解できない。
時計の針が進む音がやけに大きく響く。大広間からはまだ笑い声が聞こえるが、食事が終われば人々は散ってしまう。執事や主人が戻ってきた瞬間にこの場にいることが露見すれば、すべてが終わる。
クラウスは迷わず、懐から細長い羊皮紙の切れ端を取り出した。盗賊時代から常に忍ばせていた記録用の紙片だ。手早くペンを走らせ、見える範囲の通路を写し取り始める。
――筆音がやけに響く。心臓の鼓動まで音になって漏れてしまうのではないかと錯覚するほどだ。
汗がこめかみを伝い、羊皮紙に落ちそうになる。慌てて袖で拭い、再び手を走らせた。
「せめて主要な部分だけでも……」
外部へ通じる抜け道、地下室へ降りる階段、それから赤印のうち二つ。すべてを正確に写すことは到底不可能だ。だが一部だけでも残せれば、後で推測する糸口になる。
ペン先を止め、クラウスは小さく息を吐いた。これ以上は危険だ。書き写そうとすればするほど、時間がかかる。すでに数分は経過している。
地図を懐へ隠すことも一瞬よぎったが、それは愚策だった。帳簿の間に仕込まれていた以上、なくなればすぐに気づかれる。痕跡を残さぬことが第一だ。
クラウスは書きかけの羊皮紙を懐に滑り込ませ、地図を元の帳簿へ慎重に戻した。ページの厚みも、角度も、元通りに見えるように微調整する。盗賊として生きていた頃の癖が自然と指先に蘇る。
――ギィ……。
不意に、遠くで扉の開く音がした。クラウスの背筋が凍りつく。大広間の方向ではない。書斎に近い廊下の奥から響いたように思えた。
「……戻ってくるか」
胸の奥で焦燥が燃え上がる。時間切れだ。
クラウスは机の前から離れ、影のように部屋を横切る。視線はすでに天井の点検口へと向いていた。屋根裏なら足跡も残らないし、万一誰かが入ってきても気配を殺してやり過ごせる。
懐の羊皮紙がわずかに衣擦れの音を立てた。中途半端な写しに過ぎないが、命懸けで得た唯一の証拠。クラウスはそれを強く握りしめた。
――全部は無理だ。だが、十分な手掛かりを得た。
クラウスは静かに天井裏へ身を滑り込ませた。




