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なぜか盗賊家業に落とされた  作者: 空想するブタ
第2部:王都の遺跡編
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王都グランフェリア編 第7章:パート2「屋根裏」

クラウスは、薄暗い廊下の奥にある物置部屋へと滑り込んだ。湿った布や古びた木箱が積み重なった狭い空間。そこで彼の目に留まったのは、押し入れの奥に隠されるように設けられた点検口だった。木板で覆われてはいるが、手慣れた者の目には「通り道」にしか見えない。クラウスは短く息を吐き、手袋越しに木板へ指をかける。軋みが走らぬよう力の入れ方を細かく調整し、音を立てずに板をずらした。


現れたのは、漆黒の穴――天井裏への通路。長年の埃と湿気が入り混じる、閉ざされた空気がふわりと彼の顔を撫でる。クラウスは背負っていた小袋を前に抱え、身を細めて穴に滑り込んだ。頭から肩、胴体、そして足先。猫が物陰に忍び込むような無駄のない動きだった。


天井裏は低く狭く、梁が迷路のように走っていた。人が立つことなど不可能だ。クラウスは腹を地につけるようにして、梁の上を這うように進む。下の床板は古く、わずかにきしめば居館の住人に異音として響くだろう。彼は呼吸を浅く整え、肩の筋肉に全神経を集中させる。盗賊時代に幾度となく味わった緊張感――それが今、蘇っていた。


進んでいくと、やがて真下から声が漏れ聞こえてきた。クラウスは動きを止め、耳を梁に押し付けるようにして音を拾った。声の主は二人。ひとりは年老いた男の張りのある声、もうひとりは若い兵士らしい硬質な口調だった。


「……地下通路の警備は厳重にせよ。あの方直々の命令だ。」


「承知しました。ですがシーベルト様、あれほどの警備を敷く理由は……?」


「愚問だ。『例の品』は決して外へ出してはならぬ。外の者に知られれば、屋敷そのものが危うくなる。」


クラウスの眉がひそかに動いた。例の品――おそらく誘拐された子供たちだろう。やはりこの屋敷の地下に秘密がある。彼の心臓は鼓動を強めるが、呼吸を荒らすことは許されない。汗が額からこめかみを伝い、梁に一滴落ちそうになる。彼は咄嗟に袖で拭い取った。


下の会話は続く。執事と思しき老人が低く声を潜めた。


「王都の諜報員どもは鼻が利く。油断すれば一夜で噂が広まるぞ。」


「……地下通路の鍵は、この邸に戻られた旦那様が必ずお持ちに。」


「うむ。今宵の晩餐の後にも確認する。絶対に気を抜くな。」


クラウスは息を殺しながら、わずかな震動にも神経を尖らせて耳を傾け続けた。そのとき、梁の先端に突き出した一本の釘が彼の服をかすめた。布が裂けるかどうかの微妙な力加減。冷や汗が背筋を伝う。彼は動きを止め、釘の位置を計算するように視線を滑らせると、体をわずかにねじって梁の上を進んだ。息を吸うことすら許されない細工。だが、その難所を抜けた瞬間、胸の奥で抑え込んでいた鼓動が一拍大きく跳ねた。


さらに奥へ進もうとしたとき、梁の埃で靴裏がわずかに滑った。重心が傾ぎ、片手が梁を離れかける。心臓が喉から飛び出しそうな感覚。だが彼は即座に体幹を使い、腹で梁を押さえ込むようにして体勢を立て直した。下からは兵士の声が響き続けている。ほんの一瞬の乱れが致命傷になる――それを身をもって思い知らされた瞬間だった。


クラウスは再び体を梁に沿わせ、耳を澄ます。会話はほぼ終わりに近づいているようだった。


「……旦那様が戻られるまで、我々は一層の警戒を。」


「心得ております。あの方にご迷惑をかけるわけには参りません。」


足音が遠ざかる。やがて部屋の灯りが消え、静寂が戻った。


クラウスは梁の上でじっと息を整えながら、心の中で言葉を反芻した。――地下通路。例の品。旦那様直々。


確信は揺るがない。邸宅の地下には、何か重大な秘密が隠されている。彼は唇を結び、わずかな笑みを浮かべた。血の騒ぎは抑えようとしても抑えられない。盗賊としての過去が、今の自分を否応なく引きずり戻している。だが同時に、仲間と過ごした日々が脳裏をよぎる。――これは己の欲望ではなく、仲間のために掴むべき情報だ。


梁の埃の中で、一筋の汗が頬を伝い、暗闇に消えた。


「……地下に秘密ありだが、侵入は無理そうだな………」


小さく呟いた声は、天井裏の闇に溶けていった。

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