王都グランフェリア編 第6章:パート4「本音」
通路がふいに広がり、圧迫感のあった石壁が途切れる。
「……よし、ここで休憩にしよう」リョウが肩を回しながら提案した。冒険者としての勘が告げていた。次に待ち受けているのは、さらに厄介な仕掛けかもしれない。息を整え、頭を冷やす時間が必要だった。
モンブランはぱあっと顔を明るくし、「やったー!」と腰を下ろした。彼女は肩にかけていた小さな袋をゴソゴソと探り、中からパンとスープの入った携帯用の器を取り出す。ふんわり漂う香りに、途端に空気がやわらぐ。
リョウも壁に背を預けながら深いため息をつき、「なんだか……盗賊時代に戻ってる気がするな」とぼやいた。
軽口に聞こえたが、そこにはほんの少しの自己嫌悪が混じっている。彼の表情を横目に見て、エルネアは静かに口を開いた。
「あなたは人を救おうとしている。過去がどうであれ、今の行動がすべてを物語っているのです」
「……人を救う、ね」リョウは苦笑した。
「そう。人生で身につけた経験は、どんなものでも使い方次第。大事なのは目的と向き合う心です。これは、私が好きな神の教えでもあります」
リョウは壁に背を預けたまま、片眉を上げる。
「なるほどな。じゃあお前の“死体解剖”はどう役立ってんだよ」
思いも寄らぬ切り返しに、モンブランがスープを吹き出しそうになり、「げほっ」と咳き込んだ。
だがエルネアは一瞬だけ目を伏せ、真剣な声で言った。
「人が習得できる魔法は一つのみ。私の場合は死霊魔法。子供の頃ナイーブな私はそれは悩みました。だから……人体の構造を徹底的に理解し、死霊魔法の解釈を拡張することで回復魔法への応用も模索しているのです」
「解釈の拡張?」リョウが首をかしげる。
「はい。死体解剖はその研究の一環です。血管や筋肉、骨格を知ることで、崩壊した肉体を再構築し、痛みを緩和する術式を作り出す。見方を変えれば、それは回復魔法に近い働きをもたらしているのです」
一瞬、場に静寂が降りる。真摯な説明のあと、エルネアはふっと肩をすくめた。
「……もちろん。死体解剖が趣味というのも、少しはありますが」
最後の言葉に、彼女自身が照れ隠しのように笑みを浮かべる。その不意打ちのジョークに、リョウも思わず吹き出した。
「おいおい……そんな趣味をさらっと言うなよ。ますます怪しい奴に聞こえるだろ」
モンブランは話半分といった顔で聞きながら、スープをずずっと啜っていた。パンを両手で大事そうにちぎり、「あったかい……」と幸せそうにつぶやく。その素朴な姿に、リョウとエルネアも自然と笑みを見せる。
暗い遺跡の奥にいながら、ここだけはまるで焚火を囲んでいるような穏やかさがあった。
リョウは改めて、仲間と共にあることの不思議さを噛み締める。盗賊時代には得られなかった安心感が、今は確かに胸の奥に宿っていた。
――休憩は短く、だが濃密な時間となった。




