王都グランフェリア編 第5章:パート4「騎士団の沈黙」
王都の大通りを抜け、クラウスは騎士団本部の詰め所へと足を運んでいた。昼下がりの陽光が石畳に反射し、磨き上げられた白壁の建物をさらに荘厳に見せている。大きな鉄の門扉には、王国の象徴である双頭の鷲が刻まれており、門兵たちは無骨な槍を構えて立っていた。
詰め所の中に通されると、石造りの廊下には靴音が反響し、行き交う騎士たちの鎧の金属音が混じり合う。クラウスは心の中で小さく息を整えた。彼が持ち込む話はただの「子供の行方不明」ではない。王都全体を揺るがしかねない、大規模な誘拐事件の端緒なのだ。
応接室に通され、現れたのは壮年の騎士団副団長ガロアだった。立派な口髭を蓄え、威厳ある風貌をしている。机の上には整然と書類が積まれ、壁際には地図や戦況表が掛けられている。
「クラウス殿、事情を聞こう」
副団長は落ち着いた声で促した。
クラウスは懐から小袋を取り出し、そこに収めていた黒い仮面を机に置いた。子供たちから回収したものの一つである。副団長は訝しげにそれを手に取り、しげしげと眺めた。
「ただの安物の仮面に見えるが……」
「いいえ」クラウスは言葉を強めた。「その仮面には魔道的な効果が仕込まれていました。精神を緩め、抵抗心を削ぐ効果がある。子供たちはこれを身につけ、眠気や従順さに支配され、自らの足で“連れて行かれる”のです」
副団長の眉がわずかに動いた。だが彼は慎重に言葉を選んだ。
「魔道具の鑑定は、君の独自の見立てか?」
「魔道具師に確認を取っています。裏付けはある」
「……ふむ。しかし、その程度の証言では、騎士団を大々的に動かすには力不足だな」
クラウスは机に身を乗り出した。
「副団長、これは遊びや単なる事件ではありません。組織的な人攫いです。しかも背後に――レンドル商会が関与している」
副団長の目が一瞬だけ鋭く光ったが、すぐに表情を整えた。
「その根拠は?」
「正規の流通経路には一切記録がないのに、王都の孤児院や舞踏会でこの仮面が配られている事実。慈善活動を装って、子供たちにばら撒いている。しかも流通の痕跡を辿ると必ずレンドル商会に行き着く」
部屋の空気が重く沈む。クラウスは副団長が深く息をつくのを見た。
「……君の言い分は理解した。親たちからの被害届も無ければ、決定的な証拠もない以上我々が動くわけにはいかない」
「証拠なら、これ以上子供が消えなければ揃わないだろう!」
クラウスの声に怒気が混じる。だが副団長は首を横に振るだけだった。
「クラウス殿。騎士団は王国の秩序を守る組織だ。根拠なき告発で商会や貴族を敵に回すことはできん。我々は公正でなければならないのだ」
公正――その言葉にクラウスは鼻で笑いそうになった。副団長の声は確かに毅然としている。だがその背後には、見えない圧力がかかっているのだろう。商会や貴族からの干渉か、それとももっと大きな力か。
クラウスは拳を握りしめ、席を立った。
「わかりました。騎士団に期待するのが誤りだったようだ。だが、俺は調査を続けます。これ以上犠牲を出さないために」
応接室を出た瞬間、背後で副団長ガロアが深いため息を漏らすのが聞こえた。あれは本当に「公正さ」から来る態度だったのか、それとも保身だったのか。クラウスが答えを出す必要もない。
詰め所を後にし、夕暮れの王都を歩きながらクラウスはふと考え込んでいた。
(そもそもヴァルモンド家が俺に依頼を持ち込んだのはなぜだ?)
貴族の家がわざわざ元貴族のクラウスに捜索を頼むのは不自然だ。自分たちで騎士団に話を持ち込んだほうがはるかに効率的だ。偶然ではない。むしろ、その背後にある意図を疑わざるを得なかった。
夜の帳が下り始め、街の灯火がともる。誘拐の影はまだ王都に広がっている。
クラウスはマントを翻し、再び裏路地へと足を向けた。騎士団が動かぬなら、自ら真相を暴くしかない。そして――ヴァルモンド家が何を企んでいるのか、その真相を確かめる必要がある。




