王都グランフェリア編 第5章:パート1「子供たちの証言」
クラウスは、王都の下町を歩いていた。
昼下がりの通りは、干された洗濯物が風に揺れ、焼き立てのパンの匂いが漂う。だがその穏やかな風景の裏で、子供たちが忽然と姿を消すという事件が続いている。目撃者による証言が少なく、衛兵たちもどこか及び腰だった。
クラウスは、誘拐された貴族の館や、街中の現場に足を運び、地道に調べ直すことにした。
路地裏に佇む小さな酒場。その裏手にある狭い広場で、数人の子供が蹴鞠をして遊んでいた。クラウスは近くの住人に事情を話し、誘拐された子供の友達と会わせてもらった。
彼の目の前に現れたのは、痩せぎすの少年。年の頃は十歳くらい。擦り切れたシャツを着ていたが、瞳にはまだ無邪気さが残っていた。
「おじさん、あの……本当に俺たちのこと、怒らない?」
少年は落ち着きなく足元を蹴りながら尋ねてくる。
「怒らない。ただ、君の友達がどうしていなくなったのか、知りたいんだ」
クラウスはキャンディを握らせ、できるだけ柔らかい声で答えた。
少年は少しの間迷った末に、小さな声で打ち明けた。
「……あの子、黒い仮面をもらったんだ」
クラウスは眉をひそめた。「仮面?」
「うん。なんか、変な人から……。でも、その人は“怖い”って感じじゃなくて、むしろ優しくて。『お祭りだからってみんなで遊びなって』って渡してきたんだ」
少年は手振りを交えて説明する。
その仮面は一見すると鉄製で、絵具で紋様が描かれているだけの普通の仮面だった。大人が舞踏会で付けるような装飾はなく、ただ目の部分だけ穴が開いている。まるで鉄の板を削り出したかのような、ごつごつした質感。子供が遊び道具にするには妙に不気味だった。
「でもさ、あれをつけると……なんか、落ち着くんだ」
少年は自分の胸に手を当てる。「お腹の奥がふわふわして、怖いことなんかどうでもよくなる感じで……。だから、みんな欲しがったんだ。あの子も夢中で仮面をつけてて……それから、ある日、ふっと消えちゃった」
クラウスは黙って話を聞きながら、胸の奥に冷たいものが走るのを感じていた。
ただの玩具ではない。催眠か、精神を鈍らせる魔道具か。どちらにせよ、子供が好んで身に着けるように仕組まれた意図が透けて見える。
「その仮面は今、君が持っているか?」
クラウスが問うと、少年は首を振った。
「取られちゃったんだ。別の子が欲しがって……取り合いになって、その子の兄ちゃんに見つかってさ。『こんな気味悪いもん捨てちまえ!』って、井戸に投げ込まれたんだ」
なるほど、とクラウスは顎に手をやった。
仮面を広める役割を果たしていたのは、こうした子供たちの無邪気な「集めごっこ」だ。珍しい玩具を持ち寄って遊ぶ。そこに仕掛けられた魔道具を紛れ込ませれば、自然と流行のように広まっていく。
「それを渡してきた“大人”って、どんな格好をしていた?」
さらに尋ねると、少年はしばらく考え込んでから言った。
「うーん……黒いマントに、顔も仮面でお祭りの仮装だって言ってた。だから、よく分かんないや。でも、声は優しかった」
黒い仮面の大人が、子供に黒い仮面を渡す。
その構図に、クラウスはぞっとするものを覚えた。明らかに偶然ではない。
聞き取りを終えると、少年は安堵したように遊び仲間のもとへ駆けていった。残されたクラウスは、路地に立ち尽くす。
夕日が煉瓦の壁を赤く染め、細長い影が地面に落ちる。その中で、彼は静かに呟いた。
「……これは“遊び”じゃない」
胸の奥に鈍い怒りが芽生える。
子供の心を弄び、意志を奪うような仕掛け。そんなものを広める者たちが、背後にいる。仮面を通じて子供を誘い出し、連れ去る……。
クラウスの直感が告げていた。これは単なる誘拐ではない。もっと組織的で、もっと邪悪な計画の一端にすぎないのだ。
彼は踵を返し、次の手がかりを求めて歩き出した。
まだ仮面を持つ子供が、王都のどこかにいるかもしれない。
――一刻も早く真相を掴まなければ。




