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なぜか盗賊家業に落とされた  作者: 空想するブタ
第2部:王都の遺跡編
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王都グランフェリア編 第4章:パート4「神殿の奥へ」

泥まみれの落とし穴からどうにか這い上がった三人は、しばし沈黙していた。革鎧は泥で重く、聖女服も見る影もなく茶色に染まり、モンブランの髭にまで泥団子がぶら下がっている。

「……着替えが欲しい」

エルネアが呻くと、リョウはため息をつきながら、水の魔道具を使って小さな泉を作った。三人はそこで服を洗い流す。冷水に身を浸しながら、どっと疲れが込み上げた。


泥を洗い落とした後、濡れた服を絞りつつ、彼らは再び神殿の奥へと歩みを進めた。苔むした石壁には、淡い光苔が点々と輝き、自然の灯火のように回廊を照らしている。しだいに、遺跡の雰囲気は「悪戯の罠」から「神秘的な空気」へと変わっていった。


最初に目に入ったのは、壁に刻まれた巨大なレリーフだった。人の姿をした聖女が天へ両手を掲げ、その周囲には獅子や鷲のような神獣が描かれている。

「……この神殿はかつて“聖女の加護”を奉じた場所。伝承では、ここに眠る聖なる力が王国を守ってきたとされているわ」

エルネアの声は普段より落ち着き、厳粛ささえ帯びていた。


「ふーん、聖女の力ねえ……。で、その“力”ってお宝として持ち帰れる?」

リョウは目を輝かせ、腰の短剣でレリーフを軽く叩いた。コン、コンと石の響き。

「ちょっと! 軽々しく触らないで!」

「いや、なんか仕掛けとかないかなって……」

「あなた、宝探しとごっちゃにしすぎ!」

エルネアの怒声に、リョウは肩をすくめた。

「でももし子供がここに匿われているとしたら、今俺たちが来た道じゃない道を通ってきたんじゃないかと思ってな………」

さらに奥へ進むと、朽ちかけた石棺が並ぶ広間に出た。苔と蔦に覆われ、長い時を経て風化している。

「おお……ついにきた、財宝ゾーン!」

リョウは目を輝かせ、ひときわ大きな棺の蓋に手をかけた。だが、その瞬間。

「やめなさい!」

エルネアが素早く杖でリョウの手を叩いた。

「中には眠っている御霊があるのよ。無闇に開けるなんて冒涜だわ!」

「う、うう……お宝のにおいがしたのに……」

リョウは唇を尖らせ、仕方なく棺を離れた。


一方でモンブランは、辺りをきょろきょろと見回し続けていた。

「……なあ、また仕掛けがあるんじゃないか? 私はもう泥まみれはごめんだよ……」

歩くたびに足をそろりと前に出し、天井を見上げては眉をひそめる。挙動不審なその姿に、リョウは笑いを堪えきれなかった。

「おまえ、泥トラウマか?」

「トラウマになるに決まってるだろ! 後ろ髪の毛先がまだ固まってるんだぞ!」

「アハハ……」

緊張感はあるものの、どこかコミカルな空気が漂った


しかし、その空気はやがて一変した。広間の最奥に、重々しい石の扉が立ちはだかっていたのだ。高さは三メートルを超え、表面には古代文字が刻まれている。よく見ると、文字列は中心に向かって絡み合い、まるで封印の鎖のように見えた。

「これは……“封印”を示す印。かつて聖女たちが禁忌を閉じ込めるときに用いた文様よ」

エルネアが低く呟く。その声には、ほんのわずかな震えが混じっていた。


リョウはごくりと唾を飲み込み、モンブランも思わず背筋を正す。

「……なんか、今までのドッキリ罠とは格が違うな」

「笑って済ませられる雰囲気じゃねぇな」

「ええ……ここから先は、私たちの覚悟が試されるはず」


三人は顔を見合わせた。先ほどまでの泥まみれのドタバタは、ここに来て急速に色あせていく。

封印の扉の前で立ち止まる彼らの胸に、ようやく冒険者としての緊張が宿った。


「……よし」

リョウが拳を握り、強張った笑みを浮かべる。

「ここから先、宝でも怪物でも、どんと来いだ」

「まったく、懲りない人ね」

エルネアが小さく笑い、そして真顔に戻る。

「でも、私も逃げるつもりはないわ」

モンブランは肩をすくめた。

「どうせ引き返せばまた泥まみれルートでしょ。だったら進むしかないよね」


そのやりとりの後、三人は深く息を吸い、石扉に向き直った。

冷たい石の気配が漂う。

次の瞬間から、彼らの冒険は「笑い話」ではなく「試練」となるだろう。


——扉は、まだ沈黙していた。

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