王都グランフェリア編 第4章:パート3「商会の裏の顔」
王都の繁華街、その一角に〈レンドル商会〉の本店は構えている。広い石造りの建物の表には、精巧な薬瓶や交易品がきらびやかに並び、人々で賑わっている。王都でも指折りの大手で、街の者からすれば「誠実な取引を行う健全な商会」という評価が定着していた。
だが、クラウスの耳に届いた噂はまるで異なる。夜な夜な運び込まれる謎の木箱。医薬品にしては不自然なほど厳重な封印。そして「行方不明と思われる子供たちが、しばらくこの商会の地下に隠されていた」という話まで。
調べを進めるうちに、〈レンドル商会〉の裏の顔がじわりと浮かび上がってきた。奴隷商人との密通。禁止されている毒薬の闇取引。表の華やかな顔を保つために、影で不浄な利権に手を伸ばしているのだ。
クラウスは夜の帳に紛れ、商会を遠巻きに見つめながら小さく息を吐いた。
(やはりレンドル商会がよからぬ取引をしているのは事実らしい……。だが誘拐事件との結びつく証拠が…)
彼はかつて貴族に生まれた。だが、己の家が平然と弱者を切り捨てる姿を見て失望し、家名を捨て、盗賊ギルドに身を落とした。そこで血に染まった日々を送り、自分に流れる血を憎んでただ空虚に過ごしていた。だがやがて仲間と共に決別して抜け出した。今では街の警備隊に仮所属しており、そして「弱きを見捨てぬ」という信条だけがクラウスを突き動かしている。
だが、今回の件はあまりにも大きすぎた。相手は王都有数の大商会。しかも、その背後にはどうやら王国の上級貴族が関与している可能性もある。金の流れと権力の影が複雑に絡み合っており、単独で踏み込めば確実に命を落とすだろう。
それでも――。
「子供を、見捨てられるわけがない」
クラウスは低く呟いた。その声には迷いはなかった。己が背負ってきた過去を思えば、ここで目を逸らせば二度と自分を許せない。盗賊として歩んできた日々も、血で汚れた手も、この信念を守るためにこそあったのだと証明したいのだ。なりたかった自分になる、盗賊ギルドを仲間と脱退した日、クラウスは心に決めたのだ。
情報を精査しながら、彼は冷静に戦略を立てる。〈レンドル商会〉の地下倉庫。そこが囚われた子供たちの一時的な収容場所であることは確実だ。だが入口は厳重に守られている。表向きの出入り口から侵入するのは自殺行為に等しい。
幸い、クラウスは盗賊時代の経験を持っていた。裏口や隠し搬入口を探り、地下へ通じる秘密のドアのかぎを開ける術も心得ている。問題は――潜入の後だ。発見されれば多数の護衛兵が一斉に襲いかかってくるだろう。その中には傭兵団や暗殺者崩れもいるに違いない。
だが、怯む心はなかった。むしろ闇に潜むほど、彼の血は静かに熱を帯びる。
かつて盗賊ギルドで培った隠密技術、仲間と築いた絆の記憶。それらを胸に刻みながら、クラウスは静かに決意を固めた。
「俺は……また戻るのかもしれんな。あの頃のように、影を歩む道へ」
だが今回は違う。自分のためではなく、無垢な命を救うためだ。貴族の血筋を捨て、盗賊の道を抜けた男としての答えを示すために。
夜風が彼のマントをはためかせた。王都の灯りが遠く瞬き、〈レンドル商会〉の建物の影が不気味に沈んでいる。その奥に、幼い泣き声が確かに響いている気がした。
クラウスは片手で腰の剣を確かめ、深く息を吐いた。
「……待っていろ、必ず助ける…!!!」
静かに、だが確かな決意が胸に灯る。闇の中へ進む覚悟は整った。次に踏み込む一歩が、己の命を懸けた戦いの始まりになるだろう。




