王都グランフェリア編 第4章:パート2「泥まみれの大滑り台」
一方その頃、神殿跡の奥へと進む三人。
入り口を抜けた途端、苔むした回廊が長く続いていた。古代文明の栄華を物語るかのような高い天井には、黒ずんだ石のレリーフが並び、今も不気味にこちらを見下ろしている。床には厚い埃が積もり、何百年も人が足を踏み入れていないかのような雰囲気を漂わせていた……はずだった。
リョウが足を止める。革鎧の肩に泥のしみがついており、不快そうにぼやく顔で、床を指さした。
「おかしくないか? 壁や天井は苔だらけなのに、この床……やけに埃が少ない」
エルネアもしゃがみ込んで観察する。
「……本当ね。自然に風が入る場所でもないのに、どうしてこんなに綺麗なのかしら」
「決まってる! これは絶対、古代文明の仕掛けが――」
リョウの目が冒険者のそれに変わる。罠を看破したときの自信満々な顔。
しかし、そこに容赦ない声が割り込んだ。
「それよりおなかすいたー。ここでパンでも…」
モンブランがずかずかと床の中央に足を踏み出す。
その瞬間――。
――バキッ!
回廊に乾いた音が響いたかと思うと、床板がぱっくりと裂けた。
「ぎゃああああ!」
三人同時に宙を舞い、そのまま奈落へと吸い込まれていく。
普通なら、骨が砕けるような落下の恐怖に包まれるはずだった。
しかし三人が落ちた先に広がっていたのは――。
「……な、なんだこれぇぇぇ!?」
全身を打ちつけるはずが、ずぶりと泥に沈んだ。次の瞬間、体は勝手に前へと滑り出す。足元は粘土と泥で作られた、巨大な大滑り台だったのだ。
「うわあああ! 俺の革鎧がぁぁ! 泥だらけにぃぃ!」
「わーい!!!滑り台―!!!」
「モンブラン!!! 滑り台―じゃありません!!!」
ツルツルと滑るたびに、背中や腕に泥が飛び散る。モンブランは気を取り直してむしろ楽しそうに「おりゃー!」と声を上げ、リョウは必死で滑りを止めようともがくが、ぬめる泥の前では無力だ。エルネアは顔を覆いながらも叫び声をあげ、結局、三人まとめて下へ下へと運ばれていく。
数十秒後――。
泥の滝のような滑り台を抜けた先で、三人はぐしゃりと積み重なって落下した。
「……ぬ、ぬぅ……」
最下層に押し潰されたリョウの呻き声が聞こえる。
「わああー!!!パンが――!!!」
「……ローブが……どろどろの泥まみれに……」
三人は全員、髪から服から、まさしく全身ドロドロであった。
しかし冷静に状況を振り返ってみると、この落とし穴は殺傷性のない罠だった。怪我はしていない。あるのは泥だらけの不快感と、心の大ダメージのみ。
「……こ、これは……もしかして……」
リョウが泥をぬぐいながら、息を整えて呟く。
「侵入者を殺すんじゃなくて……笑い者にするための罠だ」
「パンの恨み――!!!」
モンブランは泥まみれの手で壁を叩く。
「なるほど……だから遺跡に挑んだ冒険者たちは皆、帰ってきても口をつぐんでいたのね」
エルネアが泥を顔から拭いながら苦笑する。
「惨めな目に遭ったなんて、恥ずかしくて言えないもの」
三人は顔を見合わせ、最初は苦い顔をしていたが――次第に力なく笑いが込み上げてきた。
「……ははっ……俺ら、完全に踊らされてるじゃねえか」
「神殿の設計者、絶対性格悪いわよね……」
「ぐふっ……あははは! 俺、さっきすげぇ泥飲んだ!」
泥と疲労と悔しさがないまぜになり、最後には三人揃って大笑いした。
笑い終えたあと、ようやく冷静さを取り戻す。
落下した先の広間には、見事に彫り込まれた扉がそびえていた。先ほどまでの悪戯めいた罠とは打って変わって、そこには厳かな雰囲気が漂っている。
リョウは泥だらけの指で扉を指さした。
「……ふざけた罠の先に、ようやく本格的な神殿内部が待ってるってわけか」
モンブランはドロドロの顔を拭って、笑みを浮かべる。
「へっ、こんなの序の口だな。行こうぜ!」
エルネアも頷く。
「ええ。意地でも攻略して差し上げます」
三人は泥を滴らせながらも、改めて気を引き締め、扉の奥へと進むのだった。




