王都グランフェリア編 第3章:パート3「苔むした神殿跡を発見」
森の奥を抜けたとき、リョウたちの目の前に広がった光景は、思わず息を呑むほどの異質さを放っていた。木々の隙間から差し込む斑の光、その中に静かに沈んでいるのは、苔と蔦に覆われた巨大な石の構造物。崩れ落ちた柱が地面に斜めに突き刺さり、まるで森に飲み込まれまいと最後の抵抗をしているかのようだ。
「こ、これは……」とリョウは呆然とし、目を輝かせる。
「お宝の匂いがする! ここで間違いない!」
ドキュメンタリーや映画好きな彼にとって、古代の建造物=ロマンという等式は子ども並みに単純で直線的。鼻をひくひくさせるその様子は、もはや犬のようだった。
「はあ……また始まったわ」
エルネアは腰に手を当て、呆れ顔でため息をついた。とはいえ、その瞳もまた、どこか輝きを帯びている。聖女としての務めを日々こなす彼女にとって、未知なるものとの遭遇は禁断症状に近い喜びを与えるのだ。
一方モンブランはといえば――。
「ふおお……キノコがいっぱい! こっちの石像の根元、食べられそうなのが生えてるよ!」
真っ先に駆け寄り、笊を持って石像の影に膝をついた。
「ちょ、待って! それ毒キノコです!」
エルネアが慌てて制止するが、すでにモンブランは小さな赤い笠の茸を摘み取っていた。
「え? これ? なんか美味しそうな色してるのに」
「そういうのが一番危ないの! 見た目で判断してると死ぬわよ!」
リョウは吹き出しそうになりながらも、慌てて「投げろ」とジェスチャーで伝える。
「こらこら、食材探しに来たんじゃなくて遺跡探索だぞ!あと誘拐事件! お前、腹壊してる暇はないからな!」
モンブランはしょんぼりと肩を落とし、茸を放り投げる。すると偶然にもそれが崩れた石柱の間に転がり込み、数秒後には「じゅうっ」と嫌な音を立てて黒く溶けた。
「……今の見た? あれ絶対毒どころか劇物よ」
「うん、俺の胃袋も今日ばかりは助かったな」
「手袋も溶けてるっっ!!!」
三人そろって青ざめ、同時に後ずさる。
恐る恐る視線を戻すと、そこには高さ三メートル近い門構えがそびえていた。半分は土砂に埋もれ、もう半分は蔦で覆われているが、その表面に刻まれた文様はまだ生々しい。獅子に似た獣の姿、剣を掲げる人物、そして不思議な円環。
「……ただの廃墟じゃないわね」
エルネアが低くつぶやいた。
「これは神殿。しかも、まだ“守護”の気配が残ってる。空気がざわついてるの、わかる?」
リョウは鳥肌を立てながらも、わざと大げさに頷く。
「わかる! 俺の財布もざわついてる! きっと金銀財宝が俺を呼んでる!」
「財布は関係ないでしょ!」
ツッコミの声が森に響く。だがその裏で、三人とも同じ感覚を抱いていた。胸をざわつかせる期待と、背筋を冷たくなぞる不安がないまぜになった、奇妙な感情。
門の奥には苔むした石の階段が暗がりへと続き、崩れかけた石像が左右に立っている。片方は顔を失い、もう片方は腕を失っていたが、二つの像が入口を守っているように見えるのは確かだった。
「ここが……入口か」
リョウがぽつりと呟く。
「うわぁ、なんかワクワクするね!」
モンブランは恐怖よりも好奇心が勝っているらしく、きらきらした目で石段を見つめる。
「……でも軽々しく踏み込んだら、命を落とすかもしれないわ」
エルネアの言葉に、空気が一瞬引き締まる。
三人は視線を交わし合い、無言で頷いた。
――ついに、未知なる神殿の探索が始まろうとしていた。