王都グランフェリア編 第3章:パート1「情報収集と森への出発」
王都の朝は、いつもざわめきに満ちている。石畳の通りを馬車が走り、行商人の声が飛び交い、冒険者たちが依頼を求めてギルドへ向かう。その中で、三上リョウと仲間たちも新たな目的地を探して歩いていた。彼らが求めているのは、王都の外れに眠ると噂される「苔むした神殿跡」の手がかりだ。だが、その情報はあまりにも断片的で、信憑性に乏しい。そのため、王都の街角での情報収集から始めた。
最初に訪れたのは、古本屋だ。長い年月にわたり、埃をかぶった巻物や地図を扱う老人が営む小さな店。棚には黄ばんだ羊皮紙の本がぎっしりと詰まっており、リョウが店に入った瞬間、むっとする紙の匂いが鼻を突いた。
「すみません、この辺りの古い神殿に関する書物はありませんか?」
リョウは腰を低くして尋ねる。彼の交渉上手なところは、言葉だけでなく態度にも出ていた。古本屋の老人は渋い顔をしながらも、やがて一冊のボロボロの地誌を差し出した。
「森の奥に、祠のようなものがあったという記述がある。もっとも百年以上前のものだがな」
その言葉にリョウは目を輝かせた。確かな証拠ではないが、何もないよりはずっと良い。彼は丁寧に礼を言い、地図の断片を写し取る。隣でエルネアが首をかしげていた。
「でも百年前って、さすがに朽ちてしまったんじゃ……」
「神殿っていうからには何かしら魔法の加護があるのかもしれない。それにだからこそ誰も探さなかったのかもしれないだろ?」
リョウの調子の良さに、エルネアは小さく笑みを浮かべた。
次に向かったのは飲み屋。昼間から酔っ払いが屯する薄暗い店の中、リョウたちは酒場の主人に軽く銀貨を握らせて耳寄りな噂を聞き出した。
「森の奥に入った猟師が、苔に覆われた石の門を見たらしい。夜になると、そこから怪しい光が漏れるんだとよ」
途端にモンブランが身を乗り出した。
「光るってことは! きっとキノコだ! 夜光茸の群生地だよ!」
「……なんでキノコ限定なんだよ」
リョウは額を押さえる。だがその無邪気なボケが場を和ませ、周囲の客も笑い声をあげる。おかげでさらに情報が転がり込んできた。どうやら森の奥深くに入った者の中には、得体の知れない鳴き声を聞いたという話もあるらしい。
最後に訪れたのは、路地裏に住む噂好きの老婆だった。白髪を三つ編みにして背を丸めた彼女は、リョウたちを見るなり「ほっほっほ」と笑う。
「苔むした神殿跡を探してるんだろう? あれはな、かつて神の使いを祀った場所じゃよ。守護の気配はまだ残っておるかもしれん」
エルネアは思わず神妙な顔になった。聖女と呼ばれる彼女にとって、そうした話はただの迷信では済まされない。
「……神殿に、守護が」
老婆の言葉に重みを感じつつも、リョウは笑顔を崩さなかった。
「ありがとうございます、おばあさん。その話、胸に刻んでおきます」
こうして断片的ながらも情報が揃い、三人は王都を出ることを決意する。出発前、エルネアは荷物をまとめながら少し不安そうに呟いた。
「本当に神殿遺跡ならかなり危険が伴うかもしれませんね」
「危険じゃなきゃ冒険にならないだろ?」リョウは軽く肩を叩いた。「それに、俺たちならきっと何とかなる」
モンブランは背負い袋を揺らしながら元気いっぱいに言う。
「よーし! キノコ採り放題だな!」
「……目的がズレてるぞ」
二人のやり取りにエルネアも思わず吹き出した。
王都の門を出て、森へと続く街道を歩く。空は晴れ渡り、蝉に似た虫の声が響き、夏の匂いが漂っていた。リョウは道の分かれ目で立ち止まり、手に入れた地図の断片を広げる。
「こっちの森の奥だな。地図はぼんやりしてるけど……まあ、盗賊の勘で行けるだろ」
「適当だなあ」エルネアは呆れながらも、どこか楽しげだった。
やがて森の木々が鬱蒼と茂り、光が遮られて薄暗くなる。道中、リョウが張り切って道案内をし、エルネアが時折聖女のように森の安全を祈る。そのたびにモンブランが大袈裟に手を合わせて「ありがたや~」と拝むので、緊張感はすぐに笑いに変わる。
それぞれの個性がぶつかり合い、時に笑いを生み、時に空気を引き締める。そんなやり取りを繰り返しながら、三人は次第に「チームらしさ」を強めていった。行き先は不確かでも、共に進む仲間がいるというだけで心強い。
やがて森の奥から、冷たい風が吹き抜けてくる。その先に、かつての神殿が眠っているのだろう。リョウは無意識に拳を握り、胸の奥で熱い期待を燃やした。
「行こう。お宝が俺たちを待ってる」
エルネアは苦笑しつつも頷き、モンブランは「お宝よりキノコ!」と声を張り上げる。その声が森に響き渡り、彼らの冒険の第一歩を彩った。