第2章:パート5「チーム分けと出発準備」
夜の帳が下り、王都の灯りが遠くに瞬く頃、リョウたちは宿の一室に集まっていた。昼間に出た意見を改めて整理し、最終的な方針を決めるためである。テーブルの上には地図、依頼書、そしてモンブランが焼いてきた素朴なパイが置かれ、甘い匂いが漂っていた。こうした香りが漂うだけで、ただの作戦会議がどこか家庭的な雰囲気に包まれるのが不思議だった。
「――では、まとめるぞ」クラウスが低い声で切り出す。彼の指は依頼書の上に添えられていた。「誘拐事件については、やはり私一人で動いたほうが良いだろう。元貴族という立場を隠さずに動いたほうが、聞ける話もあるはずだ」
リョウは眉をひそめて問い返した。「でも一人で大丈夫なのか? 相手が組織的なら危険だ」
「むしろ集団で動くほうが目立つ。君たちには別の役割を任せたい。遺跡の方を調べてくれ。」
その言葉に、エルネアが小さく口笛を吹いた。「ようやく決まったわね。わたし、ずっと血が騒いでいたのよ。あの地下に眠るであろう罠や仕掛け、そしてミイラ!夢が広がります!」
「目的は誘拐事件だ……」リョウは突っ込んだが、エルネアは「もちろん!」とほほえむ。
モンブランも静かに頷いた。「ごめんね、わたしも遺跡に行きたい。ここ数日、飼っているモンスターたちが落ち着かないんだ。人が多い街にいるせいか、不安定で……。もしわたしが残って情報収集をしても、途中で制御を失敗したら大ごとになるかもしれない。それなら、自然が残る遺跡のほうがこの子たちも落ち着けるはず・・・」
彼女の言葉は理にかなっていた。確かに街中でモンスターが暴れれば一大事で、調査どころではなくなる。
クラウスは皆の顔を一人ずつ見渡し、ゆっくりと頷いた。「よし。方針は決まったな。私が単独で誘拐事件を追い、君たちは遺跡を探索する。――ただし、油断するな。事件と遺跡、表向きは別の事案だが、リョウが言うようにどこかで繋がっていると感じている」
その言葉に部屋の空気が少し張り詰める。リョウは思わず息を呑んだ。彼もまた、説明のつかない違和感を抱いていた。偶然が重なるには出来すぎている。
「リョウの勘って、意外と当たるからねぇ……」モンブランがぼそりと呟くと、エルネアは肩をすくめて笑った。
「事件と遺跡、どう絡むのかしらね。子供の誘拐と古代の遺物……想像するだけで面白いわ」
「いや、聖女様の仮面はどこいったんだよ……」
作戦が固まると、次は具体的な準備に入る。リョウは遺跡探索用にロープや松明をリストアップし、エルネアは薬品や解剖道具を持ち出そうとし、モンブランは保存の効く携帯食を作ると宣言した。中でもモンブランの担当は重要だ。長期の探索では食糧が命綱になる。
「塩気のある干し肉やハーブ入りのビスケットを用意します。それと、甘いものも少しあったほうが気分が楽になりますから」モンブランはにっこり笑う。
「最高だ。エネルギー補給担当は君に任せる」リョウがサムズアップを返すと、彼女は嬉しそうに頷いた。
一方でクラウスは、夜会用の衣服と身分証を取り出していた。貴族社会の裏事情に潜るには、彼がかつて属していた世界の仮面をもう一度かぶらねばならない。姿勢を正す彼の横顔は、仲間たちが普段見る飄々とした姿とは違い、どこか冷ややかで孤高だった。
エルネアはその様子を横目で見ながら、珍しく真剣に言った。「気をつけてね、クラウス。あなたは案外、無茶をするから」
「心配はいらない。だが、ありがとう」クラウスは短く答えると、用意したワインを一口だけ飲み干した。
翌朝、彼らは宿の前で別れの挨拶を交わした。クラウスは馬に乗り、貴族街の方角へと進んでいく。残されたリョウたちは互いに顔を見合わせ、大きく頷いた。
「よし、俺たちも準備完了だ。遺跡で宝探しだ!」リョウが拳を突き上げると、モンブランとエルネアも笑顔でそれに続いた。
それぞれの道を選んだ仲間たち。だが彼らの知らぬところで、誘拐事件と遺跡探索は一本の糸で結ばれ、やがて大きな渦へと彼らを巻き込んでいくのだった。




