王都グランフェリア編 第2章:パート4「モンブランの遺跡志願」
王都の朝は、やかましい。鳥の声や鐘の音に混ざって、露店の呼び込みや、馬車の車輪が石畳をきしませる音がひっきりなしに響いていた。
そんな喧騒の中、モンブランは城門の外にある広場の片隅で、小さくうずくまっていた。彼女の隣では、小型のトカゲに似た魔獣「スパーク」が、ぐったりと舌を垂らしている。
「……やっぱり、王都は落ち着かないのかな」
モンブランが小さく呟くと、スパークは耳のような突起をぴくぴく動かしたが、それ以上は反応しなかった。
モンブランは料理が得意で、祭りでも屋台を出すほどだ。普段なら、まな板を叩く軽快な音とともに鼻歌を歌い、仲間たちに料理を振る舞っているのだが――今は違った。
彼女の背中には、明らかに「気が重いです」という看板でも貼られているかのような雰囲気が漂っていた。
「モンブラン? 何してるんだ、そんな暗い顔して」
声をかけたのはリョウだった。アクセサリー素材の先物取引に失敗して以来、なぜかやたら彼女を気にかけている。
「……ちょっと、モンスターたちの様子が変なの⁉」
「変?」
「はい。いつもなら人が多くても平気なはずなんだけど、王都に来てからは、妙にソワソワしてて……。今のスパークも、なんだか息が浅い気がして」
リョウはしゃがみ込み、スパークの顔を覗き込んだ。確かに、いつも元気いっぱいで尻尾を振り回していたモンスターが、今日はぐったりしている。
「こりゃ、確かに元気なさそうだな……」
「わたし、思うんです。長期間人が多いところに長くいるせいで、ストレスがたまってるんじゃないかって」
モンブランの真剣な表情に、リョウは首をかしげた。
「ストレスって、モンスターにもあるのか?」
「もちろんだよ! 犬や猫だって、騒がしい場所だと落ち着かなくなるでしょう? モンスターだって同じなよ」
そう言われてみれば、理屈としては納得できる。リョウがうなずくと、モンブランは意を決したように立ち上がった。
「だから……わたしも遺跡探索に行きたい!」
「え? どうしてそうなる?」
「街の中で情報収集なんてしたら、きっとスパークたちはもっと不安定になると思う。それに、もし取り乱して暴れたりしたら……」
モンブランは両手を胸に当て、不安そうに視線を落とした。
人混みの中で、彼女のモンスターたちが暴走したらどうなるか。想像するまでもない。人々に怪我をさせてしまうかもしれないし、最悪の場合、役人に処分を命じられることだってある。
「そんなの、絶対に嫌!!!」
モンブランは強い眼差しをリョウに向けた。
「だったら、街より自然の多い遺跡に行ったほうがいい。モンスターたちも落ち着くだろうし、わたしも安心できるもん。街での聞き込みはクラウスさんが得意だし、私がいるよりよっぽど効率的だから………」
リョウは「なるほど」と腕を組んだ。確かに、クラウスの方が交渉や情報収集は上手い。モンブランが街中でオロオロしている姿は目に浮かぶし、俺とエルネアだけだと遺跡探索の戦力として心もとない。
正直モンブランとモンスターは頼りになる。
「でも危険だぞ。罠とか仕掛けとかあるぞ?」
「大丈夫! 罠が出ても、料理の経験を生かして対処するから!」
「料理で!?モンスターでなく⁉」
リョウは思わずずっこけた。罠に料理スキルを応用するという発想は、どう考えてもおかしい。だが、モンブランが言うと妙に説得力があるから困る。
「例えば……仕掛けの矢が飛んできたら、鍋のフタで受け止めればいいんだよ!」
「フタ持ち歩くのか!?」
「リョウだって土鍋とおたまで大立ち回りしてたじゃない⁉」
あまりに正論だったので、リョウは顔を真っ赤にして頭を抱えた。
しかしその横で、エルネアが「リョウも十分おかしいですよ」と笑って追撃した
「適材適所でしょ? それなら賛成よ。街中で暴れられるより、ずっといいです」
「……エルネアまで」
リョウはため息をつきながらも、最終的には首を縦に振った。
「わかったよ。モンブランも遺跡行きだ。罠に鍋フタが通じるかはわからないけど……まあ、モンスターの扱いは頼りにしてるぞ」
「はいっ!」
モンブランの顔にぱっと笑顔が広がった。その瞬間、ぐったりしていたスパークが、小さく「キュル」と鳴いた。
まるで、主人の決意を感じ取ったかのように。