王都グランフェリア編 第2章 :パート3「聖女疲れと禁断症状」
「……最近、どうにも手が震えるのよね」
エルネアは、祭りの片付けがひと段落した仲間たちを前に、しみじみとした声で言った。
リョウは、祭りで売れ残った魔道具を片付けながら振り返る。
「……あー、分かる。俺も市場で先物やらかした時は、胃がキリキリして手が震えた」
「ちがうのよ、リョウ」
「え?」
エルネアは胸に手を当て、悲壮感たっぷりに言葉を続ける。
「私ね、ここ数か月“聖女”やってたじゃない? 病人の介抱とか、教会の孤児の世話とか。清らかな顔をして、子供にパンを配って、涙ながらに祈って……。そろそろ、死体を解剖したいのよ」
「おい待て」
リョウは思わず片付けていた布袋を落とした。
「聖女と死体解剖のギャップやばすぎだろ!? ていうかなんでそこで“そろそろ”って区切りが来るんだよ!」
モンブランが屋台の残り物を食べながら首をかしげる。
「え、でもエルネアさんってもともと医術の勉強してたんでしょ? 死体を解剖したいってつまり……研究欲?」
「そう。あの禁断の欲求が、血液のように私の中を巡っている……!」
エルネアはうっとりと目を細める。
クラウスは思わず額を押さえた。
「……君はほんとに“聖女”って呼ばれる立場にいるのか? 俺の知ってる聖女像とあまりにも乖離してるが」
「違うわ、クラウス。私は二面性の聖女なの。表向きは優しい慈母のように、裏では屍体を前にして真理を探究するマッドな学者。ほら、素敵でしょう?」
「素敵かどうかは知らんがヤバいやつなのは確定だと思う」
リョウは必死にフォローを探すが、言えば言うほど火に油を注ぎそうで口ごもった。
「えーっと……エルネア、今は死体ないし、我慢すれば……」
「だからよ!」
エルネアは急に机を叩いて立ち上がる。
「我慢してるから震えてるのよ! 研究したい、でも聖女キャラは保たねばならない……! 結果、夜な夜なパン切りナイフを見つめながら“これじゃ骨まで届かないわ……”って悩む日々。ああ、もう限界!」
リョウとモンブランは思わず顔を見合わせた。
(……危険すぎない?)
(でもなんか楽しそうに話してる……)
クラウスは深いため息を吐きつつも、淡々と結論を出した。
「……つまり、遺跡探索に行きたいんだな?」
「そういうことよ!」
エルネアはパッと表情を明るくした。
「だって遺跡よ? 古代の罠、封じられた秘術、そしてきっとあるわよ、風化したミイラや化石化した死体! 合法的に解剖して研究できるチャンスが自ら来てくれているのよ、リビングデッドのごとく!」
「……昼間はモンブランをからかってたのにやっぱり本心はそれか!」
「人生楽しいほうがいいじゃない?」
エルネアはにっこりと笑い、両手を合わせた。
「お願い、リョウ。私、聖女ぶるのに疲れたの。そろそろ“禁断の私”を解放させてあげたいの」
「知らんがな! てか禁断の私ってなんだよ!ちょっとえっちぃぞ!」
リョウの悲鳴は、夜の祭りの余韻が残る王都の空に響いた。