王都グランフェリア編 第2章 :パート1「クラウスの決意」
クラウス・フォン・エーベルバインは、手元の手紙を静かに畳んだ。
その文面は簡潔で、しかし重かった。
王都で子どもが行方不明になるなど尋常なことではない。ましてや「ヴァルモンド」という家名は、クラウスにとって無視できぬ響きを持っていた。
――ダリウス。
社交界では抜け目なく、裏表のない貴族を装っているが、その実、財政基盤は既に脆弱だと囁かれている。
失態を一つでも重ねれば、一族の名誉ごと失墜しかねぬ。
そんな男が、わざわざ自分に助けを求めてくるなど。
「……まさか、私の“元の家柄”を頼りにしたか」
クラウスは小さくため息をついた。
元はれっきとした貴族の血筋だ。だが、今や平民同然の立場に甘んじ、冒険者仲間と共に王都でつつましく暮らしている。
それでも貴族の屋敷に足を踏み入れれば、礼儀作法を理解し、権力者との駆け引きにもある程度は通じてしまう。
――それを見抜かれたのだ。
机の上には、昼間の祭り準備でリョウが散らかした魔道具の試作品や、モンブランが置いていった菓子の包み紙が散乱している。
クラウスにはどこか仲間をこの事件から遠ざけたい気持ちがあった。
反対に、クラウス自身はこの事件に並々ならぬ覚悟を持っていた。
今も胸の奥には重苦しい影が渦巻いている。
「子どもの誘拐……。
事件は表沙汰になっていないが、裏でどれだけの貴族が動いているか」
王都で子どもが消える。しかも複数。
それは単なる犯罪ではなく、権力争いの道具にされている可能性もある。
かつて貴族社会に身を置いた彼には、その嫌な勘が働いていた。
だが、同時に心の奥底で別の声も囁く。
――お前に関わる義務はない。
――仲間と静かに暮らしていればいいだろう。
リョウもエルネアもモンブランも、彼にとっては大切な仲間だ。
彼らは夢中になって遺跡探索を語り、宝物の話で盛り上がっていてほしい。
そこに陰鬱な誘拐事件が絡まないでいてほしいと心の底から願っていた。
そして――。
「……見過ごすわけには、いかない」
クラウスは独り言のように呟き、立ち上がった。
あの貴族の子らが事件の渦中にあるのかもしれない。
いや、もしかすれば、もっと大きな陰謀の一端かもしれない。
そして何より、かつて彼自身が「特権の側」にいた。
その経験を持ちながら、今ここで背を向ければ――己の存在そのものを否定することになる。
クラウスは剣の柄に手を触れた。
まだ、彼は剣を捨ててはいない。
窓の外では祭りの準備に沸く喧騒が続いている。子どもたちのはしゃぐ声も混じっていた。
その声が、妙に遠く、そして切なく響いた。
「……この件、私がやらねばならぬ」
決意を固めると、クラウスは手紙を上着の内ポケットに仕舞った。
彼の眼差しは、再び貴族社会へと向けられていた。
過去を嫌でも思い出させる、因縁の舞台へと。
――おそらく今回は二手にわかれることになるだろう。
だが、いずれ二つの道は交わることになる。
クラウス自身も、どこかでそれを予感していた。