表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
なぜか盗賊家業に落とされた  作者: 空想するブタ
第3部:王都バラバラ殺人事件
106/122

第6章 パート4:密かな監視網


 夕方の王都は、昼と夜の境目にあった。

 市場の喧騒が引き、路地の影が伸び始める時間帯。リョウは工房の戸を閉め、簡易的な結界を張ると、深く息を吐いた。


 「……来るなら、そろそろだな」


 独り言のように呟いた直後、扉が三度、軽く叩かれた。


 決まった合図。

 リョウは音を立てずに鍵を外す。


 「悪い、遅くなった」


 入ってきたのはクラウスだった。騎士団の制服は着ていない。代わりに、地味な外套。武器も目立たない短剣一本だけだ。


 「仕事帰り?」


 フユコが棚の上から顔を出す。いつものように軽い口調だが、目は真剣だった。


 「いや、今日は“仕事じゃない時間”を作ってきた」


 クラウスはそう言って、室内を見回した。


 「……盗聴は?」


 「問題ない。魔道具も切ってる」


 リョウが答えると、クラウスは小さく頷き、腰を下ろした。


 「じゃあ、本題だ」


 一瞬、間が空く。

 その沈黙だけで、話の重さは十分に伝わった。


 「騎士団が、動いてる」


 その言葉に、フユコが口笛を吹いた。


 「へえ。表? 裏?」


 「裏だ。公式には、まだ“噂の整理”って扱いだが……実際には、完全に捜査段階に入ってる」


 クラウスは声を落とした。


 「南門の馬車事件は、単独犯じゃない。流通事件として再分類された」


 リョウの喉が、わずかに鳴った。


 「……やっぱりか」


 「で、だ。問題はそこから先だ」


 クラウスは一拍置いてから、続ける。


 「教会裏の倉庫。あそこから出た帳簿の件でな……研究室が、監視対象になった」


 フユコが身を乗り出した。


 「研究室って、まさか――」


 「一つじゃない。複数だ」


 クラウスの言葉は淡々としていたが、その内容は重い。


 「エルネアの研究室も、その中に含まれてる」


 リョウは、言葉を失った。


 否定も、驚きの声も出ない。ただ、胸の奥で何かが崩れ落ちる感覚があった。


 「……正式に、疑われてるってことか」


 「“疑い”の段階だ。まだ踏み込んではいない」


 クラウスははっきりと言った。


 「騎士団は、研究室“全体”を見てる。個人名は、まだ一切出てない」


 その一言が、逆に重くのしかかる。


 フユコが腕を組んだ。


 「全体ってことはさ。誰が黒か、分かってないってことだよね」


 「そうだ」


 「つまり……」


 フユコは、リョウを見る。


 「白も黒も、まとめて箱に入れて、様子見してる」


 クラウスは否定しなかった。


 「騎士団は、証拠が揃うまで動かない。下手に動けば、研究そのものを潰すことになるからな」


 リョウは、唇を噛んだ。


 「……疑いが、現実になったな」


 それは誰に言うでもない独白だった。


 頭の中を、これまでの違和感が次々とよぎる。

 増えていく標本。

 説明のつかない搬入速度。

 “新しすぎる”検体。


 「リョウ」


 クラウスが静かに声をかける。


 「今の段階で、君たちが知ってることは、騎士団はまだ知らない」


 フユコが目を細めた。


 「逆も、あるよね」


 「……ああ」


 クラウスは認めた。


 「俺が話せるのは、ここまでだ。これ以上は、立場上アウトになる」


 しばらく、沈黙が落ちる。


 工房の外で、通行人の足音が遠ざかっていった。


 フユコが先に口を開いた。


 「ねえ。騎士団は“研究室全体”を疑ってる。でもさ」


 彼女は、ゆっくりと言葉を選ぶ。


 「空気、違うよね。中の人間」


 クラウスは何も言わない。


 「全員が同じことしてる匂いじゃない」


 リョウは、顔を上げた。


 「……フユコ?」


 「分かるんだよ。盗賊やってたから」


 彼女は軽く笑ったが、その目は冴えていた。


 「組織ってさ、全員が同罪なことは少ない。たいていは――」


 「一人か、数人が“回してる”」


 リョウが続きを言う。


 クラウスは、ゆっくりと頷いた。


 「だが、騎士団は“誰が回してるか”をまだ掴めてない」


 「名前が出てない理由だな」


 「そうだ」


 再び沈黙。


 その中で、リョウは決意を固めていた。


 「……再調査だな」


 フユコがにやりと笑う。


 「やっと言った」


 「騎士団が総ざらいしてるうちに、俺たちが動くしかない」


 クラウスは眉をひそめた。


 「危険だぞ。これはもう、個人の好奇心で首を突っ込んでいい話じゃない」


 「分かってる」


 リョウは即答した。


 「だから、“影”でやる」


 フユコが指を鳴らす。


 「影の探偵団、結成?⁉」


 「魔法ある世界で、それは無茶だろ…」


 フユコ「?」


 クラウスは小さく息を吐いた。


 「……俺は、これ以上は関われない」


 「情報だけで十分だ」


 リョウは頭を下げた。


 「教えてくれて、ありがとう」


 クラウスは立ち上がり、外套を羽織る。


 「一つだけ言っておく」


 扉に手をかけてから、振り返った。


 「騎士団が“研究室全体”を疑ってるうちは、誰も守られない。白でもな」


 その言葉を残し、彼は去った。


 扉が閉まる。


 フユコは、しばらく天井を見つめてから言った。


 「ねえ、リョウ」


 「なんだ」


 「……本気でやるなら、もう一回、ちゃんと調べ直そ」


 「最初から、だな」


 リョウは頷いた。


 「今度は、“偶然”を信じない」


 こうして、

 公的捜査の影で、

 誰にも知られない再調査が始まった。


 ――影の探偵団は、再び動き出す。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ