王都グランフェリア編 第1章:王都の日常と不穏な手紙
王都グランフェリアは、朝から浮き立っていた。
大通りには色とりどりの布飾りがはためき、どこからともなく甘い菓子の香りと楽団の笛の音が混じって流れてくる。年に一度の「大祭」は、王都の誰もが心待ちにする晴れ舞台だ。
「……ま、負けた……」
人混みの中で一人、肩を落とす青年がいた。三上リョウ。
彼は祭りに先んじて「アクセサリーの素材市場」で一儲けを狙ったのだが――見事に大失敗していた。
“精霊の涙石”――アクセサリーの素材に使われる貴重な鉱石の先物買いを企てたが、半年以上前にすでに大商会「バルトロメ商会」に独占買いされており、今さら個人商人が手を出せる余地などなかった。
しかもバルトロメ商会はもう祭り用に必要数を完全に確保済み。
「俺の盗賊時代の情報網をもってすればちょちょいのちょい…と思ってたのに恐るべきは商会の策略!」
商人A「……お前さんが基本の知識も知らんだけだろう」
商人B「今さら涙石なんて、誰も欲しがらんぞ。値崩れ必至だ。」
リョウの脳裏に、「大逆転」の夢が木っ端みじんに砕ける音が響いた。
リョウ「な、なぜだああああっ!」
両手を天に突き上げて叫ぶリョウに周囲の商人や買い物客たちは大いに笑った。
仕方なくリョウは方向転換。現在は手伝いに来てくれたモンブランと一緒に魔道具のバザーの準備を始めた。
彼らの屋台は「実用性よりインパクト重視の魔道具」を並べる奇妙な店。
・「使うと髪の毛が勝手に三つ編みにまとまるクシ」
・「三秒だけ空を飛べるブーツ(着地は保証しない)」
・「やたら眩しいだけのランタン」
リョウは宣伝に必死だ。
リョウ「お客さーん! こちらは最先端! 一家に一つ! 人生をほんの少し不便にする魔道具です!」
通行人「いらねえ!」
屋台の横ではモンブランが仕込み中。
なぜか小さなモンスター(スライムやコボルトの子ども)を使って荷物運びをさせていたが、案の定トラブルが。
モンブランは陽気に鼻歌を歌いながら、スライムにバケツを運ばせていた。
「よーし、そっちだ、スライム君! ……あああっ!」
スライムがバケツの水をぶちまけ、リョウの売り物が水浸しになる。
慌てて乾かそうとしたが、別の小型モンスターが「ランタン」にちょっかいを出し、突然まぶしい閃光が屋台一帯に炸裂。
通行人たちが驚いて転び、通りは大混乱。
怒号と笑い声が飛び交う中、リョウは頭を抱える。
「俺の……俺の未来設計図が……っ!」
「ご、ごめんリョウ~! でも、お祭りだからハプニングも盛り上がりのうちってことで!」
「俺のテンションは絶賛ストップ安だああああっ!」
その頃、教会では――。
白い修道服に身を包んだ少女、エルネアが人々に食料を配っていた。
「どうぞ、焦らずに順番に並んでくださいね。今日のスープはカボチャ入りです」
祭りの準備に伴って、困窮者への支援活動も忙しさを増していたのだ。
彼女の周囲には自然と柔らかな空気が流れている。凛とした立ち振る舞いながら、目元には慈愛が宿り、子供たちが彼女の袖をつかんでは「聖女様」と笑いかけてくる。
――その光景を遠目に眺めながら、リョウはバザー用の机を運んでいた。
「死霊使いがずいぶんな人気者だな……」
「リョウも十分人気者じゃないですか!」とモンブランが笑う。
「盗賊上がりの人気者なんてごめんだ」
「えー、私は好きですよ? ドジっ子の先輩として」
「誰がドジだ!」
祭り前の喧騒はそんな調子で続いていった。
――だが、その陰でひとつの事件が静かに芽吹こうとしていた。
クラウスのボロ宿に、ある手紙が届けられたのだ。
封蝋には、王都でも有数の名家の紋章――「ヴァルモンド家」。
クラウスは慎重に封を切り、文面を読み上げる。
『王都にて、子供の誘拐事件が相次いでおります。原因の究明と犯人の特定を、貴殿に依頼いたしたく候』
読み進めるにつれ、彼の眉間には深い皺が刻まれていく。
子供の誘拐……しかも複数か……」
その瞬間、背後からリョウの大声が聞こえた。
窓の覆い越しに外の大通りからモンブランとやりとりをしているのが伝わってくる。
クラウスは深くため息をつき、手紙をたたんだ。
「……これは、騒がしい日々になりそうだな」
そして、もうひとつ。
王都の外れで「古代の地下遺跡」が見つかったという噂も広まり始めていた。
誘拐事件と遺跡の発見――一見関係なさそうな二つの出来事。
だが、リョウたちの日常は、やがて大きな渦に巻き込まれていくことになる。
祭りの準備に追われる日々の中、主人公リョウの胸中はやや複雑だった。
先物取引で痛い目を見たことは隠していたものの、エルネアにも勘づかれているようで、時折ちらりと冷たい視線を送られる。
「商売に手を出すのはいいけれど、投資する前に相場くらい調べなさい」
と、もっともな正論を突きつけられ、リョウは肩をすくめるしかなかった。
そんな彼らのやり取りを横目に、モンブランはせっせとバザー用の看板を描いている。
彼女はモンスター使いとしての才能は折り紙つきだ。
ただし——その扱いはどうにも不安定で、今日もスライムを運んでくる途中で転び、青いゼリー状の体液をぶちまけてしまった。
「きゃああっ! またやっちゃった!」
「おいおい、せっかく仕込んだ回復スライムの粘液、全部ぶちまけるなよ……」
「だって、だって……段差が急に出てきたんだもん!」
「段差は急に出てこない」
クラウスの冷徹なツッコミが飛ぶ。
クラウスは普段ふざけているがれっきとした元貴族剣士である。彼の剣筋も思考も、メンバーの中では俺に次ぐ常識人。
その性格から周囲の混沌とした空気に飲み込まれ、結果的にコメディのツッコミ役に収まってしまうのが常だった。
「……それにしても、お前たちの準備はいつも騒がしいな」
「仕方ないだろ、俺たち盗賊上がりだぞ。そりゃバザーひとつまともに運営できねぇよ」
「私はうまく聖女をやってますよ」エルネアが呆れ顔で言った。
「え? でもお祭りだし! 楽しい方がいいよね?」とモンブランが笑う。
その笑顔に、リョウもつられて肩の力を抜いた。
騒がしく、まとまりのない仲間たち。だが、この空気こそが今の自分を支えている。
かつて「盗賊家業に落とされた」ときには想像もできなかった、居場所というもの。
そんな穏やかな空気を切り裂くように、クラウスが先日届いた手紙の件を切り出した。
手紙は王都の紋章が封蝋に押されていた。
「……差出人は、ダリウス・ヴァルモンド卿」
「ヴァルモンド? あの老舗の大貴族?」
エルネアがすぐに反応した。教会での奉仕活動を通じて、貴族たちの名前や噂に耳が早いのだ。
クラウスはうなずき、手紙を読み上げる。
――王都で子供の誘拐事件が多発している。被害者はいずれも庶民の子供だが、共通点が多く、計画的な犯行が疑われる。
騎士団も調査しているが、表立った成果はまだない。
ついては、かつて数々の事件を解決してきたクラウス殿に調査を依頼したい。
「……だそうだ」
読み上げるクラウスの声はいつも通り冷静だったが、内容は深刻だった。
子供の誘拐。王都という華やかな街に似つかわしくない、陰惨な事件。
モンブランが不安そうにリョウの袖を引っ張る。
「……リョウ、本当に子供たちがさらわれちゃってるの?」
「ああ。……いや、たぶんそうなんだろう」
「助けてあげたい……」
その純粋な言葉に、エルネアが小さく頷いた。
「実は教会にも、子供が行方不明になったって泣きついてくる親御さんが増えているの。……放っておけないわ」
リョウは仲間たちを見渡した。
ドジばかりのモンブラン。意外と常識人なクラウス。口うるさいが優しいエルネア。
そして自分。かつて盗賊だった、冴えない男。
「……よし」
「よし?」クラウスが眉をひそめる。
「事件はお前の依頼なんだろ? でも俺たち仲間じゃないか。手伝ってやるさ」
「報酬はでないぞ…」
「…わかってるよ……その貴族からちょっとくらい出ない?」
その瞬間、遠くから祭りの太鼓の音が響いた。
王都グランフェリアは華やかさを増し、夜になれば無数の灯りで彩られるだろう。
その裏側で、子供たちが消えている。
――そして時を同じくして、もう一つの噂が人々の口にのぼっていた。
「王都外れの地下遺跡が見つかったらしいぞ」
「古代の財宝が眠っているって話だ」
「いや、呪われた地下墓所だって」
リョウの耳にも当然入っていた。
遺跡、財宝、謎解き、罠……。
盗賊あがりの血が騒がないわけがない。
「……なあ、クラウス」
「なんだ」
「どこにでも人の目のある王都でそんな大人数の子供隠す場所を確保するのも一筋縄ではいかないよな」
クラウスは少し考え込み、やがて首を振った。
「軽率な推測はしない。だが……遺跡と関係があると…⁉」
エルネアが小さくため息をついた。
「つまり、祭りの準備は後回しになるってことね」
「わ、私はお祭り楽しみにしてたのに!」モンブランが抗議の声を上げる。
「遺跡の財宝で豪華な屋台をやればいい」リョウが冗談を飛ばす。
「そういう発想が盗賊なんだってば!」
笑い声と、ほんの少しの不安。
こうして彼らの王都の日常は、不穏な影と共に揺らぎ始めていた。