王都侵入
「それでなんで、スカーフしてるの?」
「何言ってるんでだ! わしたち盗賊団じゃ!」
「ああ、そうだったわね。でも、そろそろやめたら?」
「へ?」
ガンツは、私のいきなりの提案に目を丸くする。
いや、職業の自由だから別に構わないし、彼らが生きようが死のうが、正直どうでもいい。でも――面倒ごとには巻き込まれたくないの。
ガンツが、私の次の言葉を待っている。
「だって、他にやることあるでしょ」
「それでどうしろと?」
「そうね、仕事しましょう」
「いやぁ、俺たち誰にも雇ってもらえない……」
しばしの沈黙。
「ああ、そういうことですな!」
ガンツはぽんと手を打ち、納得したように笑った。よかった、よかった。これでみんな安心して旅ができる。
……私を褒めてほしい。だって私、褒められ慣れてないから。
「で、どこに行けばよいんで?」
「そうね、王都しかないでしょ。働くところって」
「わかりやした。じゃあ、ご一緒させてもらうぜ! リリカお嬢、いや社長様とご一緒に王都に凱旋じゃ!」
ん、社長、リリカ社長。……ああ、そういうノリね。
「さすが、リリカ社長。会社も作るんですね」
執事のセバスも、メイドのエマも、妙に熱のこもった目で見てくる。
「まあね」
きっとお父様がどうにかしてくれるでしょう。知らんけど。
私たちは、街道をゆっくりと王都に向かって進んでいった。
やがて、王都が一望に見える小高い丘に差しかかる。
ガンツたちの顔色が、見る間に青ざめていく。
「あれ、どうしたの?」私は馬車の中から声をかけた。
「いや、指名手配されておりまして……」
「じゃあ、変装しましょう」
即断即決。それがいちばんいい。
全員坊主にして、武器と防具を取り上げた。髭面も、もちろん禁止だ。
「お前、なんだその顔は?」
「そういうお前こそ! 変な形の頭だな?」
笑い声が上がる。
だいたい、あなたたち清潔感がないのよ。酒臭いし。私は、水魔法をぶっ放して、全員服ごと綺麗にすることにした。もちろん、汚いものが見えないように高出力で。
「ひゃあああ、冷たいっ!」
盗賊団が、またまた子どものように騒いでいる。
……そうだ。こうして見ると、本当に若い子が多い。
定職に就けず、落ちこぼれた子もいる。中には、体が不自由な子まで。
(……それでも、笑ってるんだな)
ふと、小柄な少年が目に入った。
片足を引きずるように歩いていた彼が、今は馬車の陰にちょこんと座り、空を見上げている。
(……あれ、治せるかもしれない。王都についたら)
頭の奥に、薬草の名前が浮かぶ。調合の手順も、自然と浮かんでくる。
(ゲームで覚えた知識、こんなところで役に立つなんて)
「薬だ。薬作りを忘れていた!」
ゲームでの薬作りは、大事なやりこみ要素だ。……この知識が、誰かの命を救うかもしれない。
セバスが目を丸くしてこちらを見る。
「社長、どうかされました?」
「ううん、ちょっとね。やることを思い出しただけ」
「エマ、洗剤をぶちまけて!」
「はい、社長!」
さあ、みんな。心も体もピカピカにして――
私たちは、ちょっとした会社を引き連れ、王都へと向かった。
※
王城の検問所に着いた。
王城内の治安を維持するため、不審者の侵入を防ぎ、通行税を徴収するのが目的である。
「次!」
リリカの前で、ガンツたちが順番に検問を受けていた。
「何しに来た?」
「仕事です」
「なんの仕事だ?」
「さあ、雇い主に聞いてくれ!」
そんな問答が繰り返されるのが、私の耳にも届く。もちろん、子どもたちも止められ、詰問を受けていた。
「おい、お前たち、奴隷じゃないだろうな?」
「いいえ、仕事です」
それきり、子どもたちは黙っている。
――まずい。あいつら、完全に私に丸投げしてきた。
まあ、仕事の内容を何も考えずに雇った私が悪いのだ。わかってますとも。
門番たちが、私の馬車をぐるりと囲み、手にした武器が目に入る。
(仕方ない、やるか)
私はスカートを翻して馬車から軽やかに飛び降り、王城の門番たちに向かって優雅に一礼した。
「彼らの雇い主の、リリカでございます」
「へ……?」
私の突然の行動に、セバスもエマも、ガンツたちも目を丸くしていたが、それ以上に門番たちの表情が変わった。
「も、もしかして……貴女様は、バルト宰相の娘、リリカ様で?」
「宰相ではありません。元宰相の、ただの平民の娘、リリカです」
「この者たちに、何をさせる予定ですか?」
「さて、父に聞いてみないと……」
――ここが勝負所。うまくいけば通れる。駄目なら……ガンツたちは切り捨てるしかない。
すると、門番の一人がふっと柔らかい表情を見せた。
「宰相様は、いつも門番の我々に声がけをしてくれていました。ご尊顔を拝するだけで、励みになったものです」
「……そうですか」
「私たちは、バルト様にお世話になりました。まだ表には出せない仕事なのでしょうが……もし、商売であれば、買わせていただきます」
門番たちは揃って、私に最敬礼をした。
――あの熊……いや、父が失脚しても、こうして慕ってくれる部下がいるのか。
私は少し、嬉しくなった。
「ふふ、それでは」
私は馬車に乗り込み、セバスに言った。
「逃げるように、急いで」
「かしこまりました」
馬車は音を立てて走り出し、王城の奥へと滑り込んでいった。
……と、そのとき。
「おい、待てーっ!」
「ちょっとー! 置いてくなーっ!」
私たちが逃げ去った馬車を追って、ガンツたちが大慌てで走ってくる。
その後ろを、小さな子どもたちが手を振っていた。
セバスがちらりと私を見る。
私は少し黙ってから、静かに言った。
「……子どもだけ、拾って」
「承知しました」
馬車は急旋回して、子どもたちだけを軽やかに乗せる。
ガンツたちは唖然とした顔で見送るが、私たちは一切振り返らない。
扉が閉まり、馬車は再び滑るように走り出した。
振り返ると、ガンツが両手を広げて叫んでいた。
「おいー! おれたちは!?」
私は窓を少しだけ開けて、笑った。
「ついてきなさい。……社員なら、遅刻は厳禁よ」
風が吹き抜け、窓が音もなく閉まった。
私は王都に戻ってきた。
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