貴族屋敷の駆け引き
「よくお越しくださいました」
ブンザエモンの屋敷に行くと、彼が玄関で待ち構えていた。邸宅の中は、あるにもかかわらず静かだった。
「紹介するわ、ドノバン様よ」
「これは初めまして。お母様にはお世話になっております」
「そうですか。シシルナ島まで行って商売をしてくれているのですね」
ドノバンが、私が試練に挑戦することも、シシルナ家の後継者であることも、間違いなく知っている。視線の奥には軽い警戒心がある。
「挨拶はそのくらいでいいかしら。あなたたち、私がお願いした情報収集をしてくれてないわよね?」
「……いや、探しているんだが……」
ブンザエモンは露骨に居心地の悪そうな顔をした。顔に出しても問題ないくらい、私と仲が良いと思い込んでいるらしい。
「そうだ。面白いものを見せましょう。これ、毒無効化ポーション。ジャイアント・ホーネットの毒を受けても大丈夫よ。事前に飲んでおくタイプのもの」
「本当に効くんですか⁉︎」
「もちろん、私が実際に刺されたものよ。ほら!」
私は服を少しめくり、ぷっくりしたお腹の刺された傷を見せる。
「おい、ブンザエモン。何をみてるんだ? 失礼だろう」
ドノバンが眉をひそめて怒り出した。
「いえ、リリカ様が勝手に……」
「お前が疑うからだろう!」
勢いでやってしまったことに気づき、私は赤面した。手を押さえて小さくため息をつく。
「失礼しました。ですが、使い勝手が良くないですね。一度にどれくらい飲むのですか?」
そう言いながらも、用法を聞いてくるその顔つきは、間違いなく欲しい証拠を確かめている。
「あ、いらないなら、カンザブローにでも買ってもらうわね」
「待て待て。私の方が金を出すぞ!」
私は心の中でくすっと笑う。ほぼタダ同然の改造品だから、むしろありがたい。
「そうね。魔剣はあるかしら? 最高レベルのもの」
「そういうことか?」
今度は、彼のターンだ。
「ちょっと、待っててくれ」
彼が調べに下がろうとする時、私はこれ見よがしに、いくつかのポーションを取り出して机に並べた。
「えっと、ハイポーション。これは体力が全て戻るやつで……魔力回復薬、魔力の枯渇からすぐに全て……」
「くっ」
商談の主導権を奪われるつもりはない。
ブンザエモンはなかなか戻って来なかった。部屋の外では騒々しい物音が聞こえる。少し焦っているらしい。
「時間が勿体無いわね。良い物が見つかったら、連絡を貰いましょうか?」
「そうだな」
その時、ブンザエモンが走って部屋に飛び込んできた。
「見つけた。見つけたぞ!」
「言っとくけど、普通の魔剣なら役に立たないのよ?」
「当たり前だ。俺を見損なうな! だが、すまん。問題がある」
「どんな問題かしら?」
私の質問に、彼は答えにくそうに答えた。
「手元に無いんだ。売ってくれないんだ」
「それなら私も一緒に交渉するわ。もちろん情報料として、このポーションを全てあげるわ!」
「本当か?」
手を伸ばそうとする彼の手を、私は軽く叩いた。
「待ちなさいよ。その情報が本物だと認めたらね。あなたに損はないでしょ?」
「わかった。じゃあ、ついてきてくれ!」
※
それは、貴族屋敷の並ぶ通りの一角だった。
今にも崩れ落ちそうな屋敷の前で、ブンザエモンの馬車はゆっくりと停まった。王都の中心部にありながら、この通りはひっそりとしており、通り過ぎる人もまばらで、静かな空気が漂っている。
「ここだ。王国の伝統ある貴族の一つ、グランディール家だ。先代から没落したが、その癖、家宝を一つも売らない」
そうは言っても、王国が、古き貴族に対しては敬意を払うのが慣例で、所領からの安定した収入があるはず。問題ない生活ができているはずなのに……。
「行きましょう」
ブンザエモンが扉を叩き、低く重い声で挨拶をした。
屋敷の奥、暗く灯もともっていない廊下から、手に蝋燭を灯した侍女が現れる。
「何だ、貴方でしたか。主人はお会いになりませんよ。お帰り下さい」
「案内に来ただけです。用があるのは、こちらのリリカ・ノクスフォード嬢とドノバン王子です」
ブンザエモンの言い方は、傲慢でそっけない。少し苛立つが、これで話は進む。
「そうでしたか。それでは、お会いになるかどうか聞いて参ります。ただ、主人は口が悪いので、どうかお気を悪くなさらないで」
「いえ、いきなりの来訪、申し訳ありません」
私は頭を下げ、ちょっとした茶菓子と酒、そしてサクナ薬局の商品を手渡した。
私は、ドノバンとは違いただの一般人だし、礼儀はわきまえてる。
「なんじゃ、リリカだと……お前がノクスフォードの馬鹿娘か?」
しばらくして、足を引きずりながら現れたのは、痩せた無精髭の中年の男だった。
「はい、夜分にいきなりの訪問、申し訳ございません」
「名家ノクスフォード家を潰した張本人が、恥ずかしげもなく人前に出て商人の真似事だと? 親不孝者が! 恥を知れ!」
「その誹り、その通りでございます。過ちに気づいた時には、父はすでに亡くなっておりました」
「はっ、そうだ。今更遅いわ。何だ! 田舎の島の小僧をはべらせてるのか?」
ドノバンは顔を真っ赤にし、肩を震わせながら必死に我慢している。
「リリカ様は反省している。それに、主バルトはリリカ様の考えを否定してなどいません」
セバスチャンが口を挟む。
「表面上の後悔など、いくらでもできるからな! それがあやつの甘いところだ。家を潰す女など、勘当すべきだ。宰相だったのに、無能な男だ」
私への罵詈雑言は受け入れられる。父の言葉だと思って。
だが、父に対する侮辱は、絶対に許せない。
私は交渉を諦め、帰ろうとした。
その時――。
ばしっ、と空気を切り裂く鋭い音が響いた。
お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。




