大蛙と強盗団
――ズゥンッ。
重たい水音とともに、湖の中心が盛り上がった。そこから姿を現したのは、苔と泥に覆われた、巨岩のような――いや、巨大な蛙の魔物だった。
緑の皮膚はぬらぬらと光を反射し、全身が粘膜に覆われている。
無数の舌が水面を這うように蠢き、異様な威圧感を放っていた。
……おそらく、湖の主だろう。そう思う間もなく、大蛙が跳躍する。
「来るぞ!」
セバスが前に躍り出て、大剣を構えた。
ドンッ!
土砂を巻き上げ、怪物がセバスめがけて着地する。
続けざまに、舌が鞭のように振るわれた。
「どりゃあっ!」
唸りを上げた大剣が、蛙の胴体に叩きつけられる――が、
「……滑った⁉︎」
斬撃は膜のようなヌメりに阻まれ、力を吸われるように弾かれていた。
まるで、あの粘膜が鎧のように攻撃を無効化している。
「さて――やりますかっ」
私は盾の後ろから一歩前に出て、にっこりと微笑んだ。
「リリカ様⁉︎ だ、だめですって、前に出ちゃ――!」
エマが慌ててマントを引っ張るが、私は無視。
「水鉄砲、レベル二!」
拳大の水弾を放つ――しかし、ヌメりで弾かれた。
その瞬間、大蛙がこちらに視線を向け、舌を巻き上げる。
「いいよ、まだまだ上げるよっ!」
――水鉄砲、レベル四!
樽の水が空中に浮かび、鋭い水の槍へと変化する。
それを魔力で加速、蛙の顔面へ直撃!
ズバァァァンッ!
衝撃音と共に水槍が貫通。やや効いたようだ。
だが怒り狂った大蛙が跳び上がる――狙いは、私。
「ふふ、来たな……!」
――水鉄砲、レベル八!
音速を超える水圧弾が、蛙の腹を正確に貫いた。
バシャアアアアッ!
大砲の直撃のような衝撃に、大蛙は空中で体をひるがえし、
そのまま孤島の砂浜へ――どすん、と落下。
「今です!」セバスが駆け寄り、ぬめりの剥がれた胴体に剣を振り下ろす。
ズバン!
片脚が吹き飛び、苦悶の声が湖に響く。
さらに一撃。
ズバンッ!
反対の脚も切断された。大蛙が絶叫し、目を白くひっくり返す。
「エマ! 今のうちに練習!」振り返って叫んだが、エマは呆然と立ち尽くしていた。
ならば――私が撃つしかない!
「火魔法、レベル三! 土魔法、レベル三! 連射っ!」
バシュン、ドカン、ズバンッ!
炎と土塊が連続して命中し、泥飛沫と爆煙が湖畔を覆う。
いまは熟練度ボーナス中。撃てるだけ撃つ!
火球が皮を焼き、土塊が膨れた腹にめり込む。
十発、二十発――もう数えるのもやめた。
風魔法で煙を吹き飛ばしながら、私は笑顔で、全力で、撃ち続ける。
「あー……すっきりしたぁ!」
「リリカ様……ついに、魔女になってしまったんですね……」
隣でエマが本気で引いていた。
なぜか、それがちょっとくすぐったい。
やがて、湖岸の小舟からセバスが声を上げる。
「荷物の積み込み、完了しました! そろそろ移動いたしましょう!」
「はーい!」
私は手を振って応え、魔力をすっと収めた。
大蛙の魔物は、もはや形もなく――ただの黒焦げの山となっていた。
※
「ナイルが心配してないかしら?」
私が尋ねると、セバスは王都にはすでに伝言を出してあるとのことだった。
湖の往復を含めて、旅程は三日ほどの遅れになるらしい。
「まあ、慌てず行きましょう」
――そうは言ったものの、私たちは遠回りを避けて山越えの抜け道を進んでいた。
馬車は揺れる。酔う。私は無言で天を仰ぐ。
夜は魔法の練習と、エマへの勉強指導。
日中は、馬車の中でひたすら寝る。これが生き残る唯一の方法だった。
「ううう……気持ち悪い……」
さらに思い出す。王都に戻ったら――
モリス教授の弁護。ナイルの訴訟代理。イセヤのかんちゃんに会いに行って、宰相(父)とも話す。そして試験。
「ううう、人酔いもしそう……気持ち悪い……」
「大丈夫ですかぁ、リリカ様」
エマが心配――している風で、目が完全に笑っていた。
厳しい指導は、全部あなたのためなんですけど?
やがて、王国への検問を通過。問題なし。
「特にイベントは発生しないのね」
はい、私、つまらないことを言いました。これは――フラグですね。
「ちょっと休憩しましょう」
さらに、自分から事件を迎えにいくスタイル。
だって、本当に吐きそうだったんだもん……。
――その瞬間。
「おい、その馬車止まれ!」
野盗が街道に飛び出した。セバスが、なぜか素直に馬車を止める。
強盗団が、ぞろぞろと馬車を取り囲んだ。
「おい、遅かったな!」
全員スカーフで顔を隠している中、ひときわ大柄な男がセバスに声をかける。
「事情は手紙に書いた通りです。約束の時間は決めておりませんが」
「だがな。みんな待ちくたびれててな。――乗っているのか?」
「もちろんです」
……おいおい。なんだその会話。どういう関係?
やっぱりセバスと野盗、グル……⁉︎
私、売られた――? いや、ありえる。私、結構恨み買ってるし。
そのとき。
馬車の扉が開けられた瞬間――私は即座に魔法を撃った。
《ウォーター》!
魔弾が命中し、男はもんどり打って林の中まで吹き飛ばされた。
ざわつく強盗団。
地面に転がった頭目が、ゆっくりと立ち上がる。
スカーフを外し、笑った。
「お嬢、すごいじゃねえか! 特訓の成果だな!」
――ガンツ。私の悪の組織の一員。
「……まあね。手加減しておいたわ」
ガンツは私を抱き上げ、「会いたかったぜ」と呟いた。そうならそうと言いなさいよ。
私は、ゲームでの彼の記憶を思い出す。
短気で直情的で、情け容赦がない。何度も殺されかけた相手。
味方になった今でも、顔を見ただけでトラウマがうずく。でも――この世界で私は生きてる。
だからもう、怖くても、逃げない!
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