聖女の謝罪
翌日。私は屋敷のベッドで目を覚ました。
悪いところといえば──筋肉痛だ。
誰のせいかといえば──私だ。
「やはり、臨床実験をしないと、副作用はわからないものね」
ゲーム世界の数値やテキストだけでは、実際の体の反応まではわからない。
想像で安全だと思っても、体は正直に痛みを返してくるのだ。
昨日の夜、ドノバンにはきちんと謝った。
「ごめん、ドノの気持ちを考えてなかった」
「いや、危ないところを助けてくれてありがとう。無理をしすぎた」
彼は少し照れくさそうに笑った。
「ドノバン、試練のときの薬は私が準備するから」
「ああ、ありがとう」
「もちろん、タダじゃないからね!」
私たちは、いつものように顔を見合わせて笑った。
無事に済んでよかった──そんな安堵の笑顔だ。
──数日後。
ようやく筋肉痛が治った私は、学校に戻り、授業を受けた。
放課後、風紀委員会に顔を出すと──
「大変です! 生徒会から呼び出しです!」
パーシーが勢いよく声をかけてきた。
「良かったじゃん。ソフィアに会えるじゃん」
「違いますよ。呼び出しの相手は、リリカ様ですよ」
「ふうん……」
私が呼び出される理由は、正直言って多すぎてわからない。
でも、胸の奥が小さくざわめいた。──武者震いだ。
「やっぱり、リリカでも緊張するんだね?」
「……」
違う。
最初は、彼女に会えるのが楽しみだった。
でも今は違う。
ゲーム世界が終わってから半年。
多くの事件が起きた。
きっと第三王子ディナモスは、あの時の真相を深く理解していない。
でも、彼女──聖女ソフィアは知っている。
「どこに行けばいいのかしら?」
「さあ……」
まあ、聖女のことだ。お付きの者が呼びにくるだろう。
「リリカさん、いらっしゃいますかぁ?」
風紀委員室の扉越しに、聞き覚えのある可愛い声が響いた。
その声は紛れもなく、聖女ソフィア。
「ああ、本物だ……」
思わず、画面の向こうの推しメンに初めて会ったときの反応をしてしまった。
「本物でーす!」
清楚で元気な美少女がそこに立っている。
その容姿に騙されてはいけない。
何せ、ブラック・ティアラの主人公なのだ。
パーシーもトモオも、完全にデレデレしている。
まあ、そうなるよね。そういう設定だし。
私は心の中で軽くため息をついた。
「ごめん、二人とも席を外して」
二人は少し不満げだったが、ソフィアが「お願い」の目線を送ると、
たちまち行儀の良い子たちになって部屋を出ていった。
──聖女ソフィア。
ゲーム世界通りなら、頭脳明晰、薬学、法学をはじめ全ての学問に精通している。
もちろん、魔術も自在だ。
「それで、何の用かしら?」
彼女は私の顔をじっと見つめながら言った。
「なんか、雰囲気変わってますねぇ」
「そうかしら?」
まずい、私の中の“リリカ”にスイッチしようかな……。
だが、リリカからは即座に返ってきた。
──「絶対嫌だ」
「噂は本当でしたぁ。でも理解しましたぁ」
「何を理解したのかしら?」
「ふふふ」
その笑みには、知っている者だけが持つ確信と、少しの挑発が混ざっていた。
私は一瞬言葉を失ったが、内心でにやりと笑った。
この先のやり取りが、少し楽しみになってきていたのだ。
「それで、何の御用でしょう。聖女様」
さっきまでの、調子の良い軽い感じが彼女から消え去った。
「ごめんなさい。謝罪をさせて」
彼女は頭を下げた。
「何のことでしょう?」
彼女に謝られることが思いつかないけど、聖女がこの国の真の権力者でもあることを考えると山ほどある。
「理解しているでしょう」とでも言いたげな顔で、でも諦めたように説明を始めた。
「バルトを殺させてしまった。その理由は、聖蛇騎士団よね。アイツら私の騎士団だなんて勝手に名乗って」
「ええ。でも殺したのは……」
「知ってるわ。貴女たちがその敵を倒したのも」
はやりだ。彼女は全てお見通しなのだ。だが、知っていても彼女が手を出すことはしない。
「謝罪は受け入れるしかないわね。だって貴女には悪気が無いんだから」
「さすがねぇ。よくわかってる! リリカがぁ、もっと早く目覚めてくれたらぁ」
彼女にとっては、国家という枠組みすらどうなっても良いし、ましてや権力闘争など。
人族の敵と死闘を繰り広げ、人族を守る。大きな責務が彼女には課されているのだから。
「それで、一人でここに来た理由は何?」
謝罪だけの為に、わざわざ私に会いにくるとは思えない。
「ドノバン、可愛いよね? あの子は犬みたい」
何が言いたいのだろう。
「そうかしら?」
私の不愉快な顔を見て、聖女様はくすっと笑った。
「仲良くなって良かったわ。お似合いだもの。知ってると思うけど、試練の内容は私が考えてるのよ!」
「……」
「今回の試練は厳しいものにするつもりぃ。それだけよぉ! ところで、魔物討伐隊に入って?」
「いいえ。お飾りにはなりたくないもの」
「残念。でもリリカは飾りじゃないわよ。またねぇ」
彼女は、それだけ言うと飛び跳ねるように去っていった。
これは警告だ。聖女の厳しいものと言うことは、間違い無く死者が出る。
試練の難易度を伝える、それだけでも異例のことだろう。
「好かれてるんだから。ドノバンは」
聖女が、他人を気にすることは珍しい。彼女なりの私への謝罪の形なのかも知れない。
「どうでしたか? 聖女様は?」
パーシーとトモオが、部屋に戻って来て聞いた。
「恐ろしい子だった。どこまで知っているのか……」
私は、机のお茶を飲んで乾いた喉を潤した。
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