許されざる者
その時、我が屋敷の門をくぐって、セリオ侯爵家の警備兵が入ってきた。
「何をしている!」
警備隊長は私たちを見て、ギョッと目を見開いた。
「リリカ様……」
「見ればわかるでしょ。我が屋敷に不法侵入して、器物損壊してるのよ!」
「だ、だが、こいつらは……」
私たちに拘束された男たちは、地べたに転がったまま警備隊長に助けを求めている。
「あら、お知り合い? まさか、私の家に上がり込んでいいなんて言ってないわよね?」
「も、もちろんだ! こいつらは取り調べに連れて行く。構わないか?」
「ええ、もちろん。きっと、取り調べにも協力してくれるわよ。ね? ね、トモオ?」
「ああ……」
私の意図を察したトモオは、「自白」を引き出すために、奴らへ精神干渉の魔術を放った。
警備兵たちは、帝国出身のならず者たちを無理やり起こし上がらせた。
粗末な服の隙間から刃物の柄が覗いている。どう見ても「商人」などではない。
「俺たちは、この屋敷を使っていいと、セリオ様が言ったんだ! お前たちだって自由にしろと……!」
あちこちで、男たちは口々に叫び始める。さっそく、効果が出てきている。
「うるさい、黙れ!」
警備隊長は慌てて発言した男を殴りつけ、私に取り繕うように言った。
「リリカ様、ご協力感謝いたします。誤解を招く嘘がうまい連中で……帝国の商人どもには困ったものです」
「あら、この人たち、帝国の商人なの? そうは見えなかったけど。ところで、どの商会かしら?」
「……い、いや、私の思い違いだ……」
誤魔化そうとしたところ。
「ああ、俺たちは“大帝国”の商人だぞ! お前があの悪名高いリリカか!」
捕縛した者が叫ぶ。その瞬間、警備隊長の拳が再び飛んだ。
「無礼者が!」
「いえ、平民ですから構いませんよ。事情聴取の結果は、後で聞かせてくださいね?」
「も、もちろんです!」
彼は背を丸め、忙しそうに私から離れながら小さく返事をした。
そんな様子を、セバスチャンが笑いながら見守っている。
やがて、警備隊は逃げるように、犯罪者たちを連れて去っていった。
「セバス、じゃあ残りの鼠は、大きいみたいだから捕まえましょう!」
「はい!」
私たちは、玄関からゆっくりと屋敷の中に足を踏み入れた。
エマの優秀な嗅覚と聴覚が、鼠のいる場所を指差す。
「いやだぁ、私の部屋に……」心の中のリリカが叫ぶ。
一匹が隠れているのは、リリカの部屋らしい。
「何だ、この汚い部屋は……トモオ、掃除だ!」
セバスチャンは、リビングやダイニングの荒れ果てた状態に、せっかく鎮火した火山が再び、噴火しそうだ。
もう知らない。
淑女の部屋に忍び込む変態ネズミを退治するために、エマが扉を開けた。
「どこ?」
エマは答えず、押し入れを指差した。
「こんにちは、鼠さん」
がらりと、私が扉を開く。
そこにいたのは、黒船屋の店長ペリーだった。
黒船屋――黒船商会の子会社。私が、黒船商会にガサ入れした後で、忽然と消えていた。
「お前たちは……何故ここに?」
ペリーは驚きと苛立ちで声を震わせた。
「それはこっちのセリフよ! 探してたからちょうど良かった。でも……」
「降参だ。許してくれ!」
その押し入れには、父が売らずに残していた私の服や小物が整理されて置いてあったようだが、奴に踏まれ汚れていた。
「許されざる者」
口元には冷たい笑みを浮かべ、私は一歩踏み出した。
ペリーを引っ張り出すと、エマが足をかけて、その場に転がした。
「危ないじゃないか!」
そう言った瞬間、エマは思い切り頭を叩いた。
やばい。エマも激おこだ。
「警備隊は帰っちゃったわ。呼び戻すのも面倒だから、埋めちゃおうか?」
「そんなことしたら、大問題になるぞ!」
「そうかしら。貴方がこの屋敷にいたなんて、誰も証言しないわよ。骨しか残らないように焼いてあげるわ!」
ペリーは観念したようだった。
気分が晴れたところで、トモオを呼んだ。
どうせこいつは、嘘しか言わないだろう。拷問とか苦手だし、時間の無駄だ。
「トモオ、全力で魔術をかけて」
私は、彼にだけ聞こえる小声で呟いた。
準備ができるまでの間、セバスとエマは屋敷を、私とネイサンは庭を片付けた。
「ペリー殿が我々の味方になるそうですよ!」
「そう、じゃあ食事でもしながらゆっくり話をしましょう!」
狡猾なトモオが、ペリーにスパイの役割を刷り込んだのだろう。
もちろん、私たちが渡す情報は偽物だし、彼は真実しか言えない。
「貴方たちの目的は?」
「ふん。勿論、王国の情報収集と撹乱に決まってるだろう。お前のせいで、黒船商会は大損だ。それと、社員が大勢行方不明だ」
「あら。みんな、釈放されて帝国に帰ったと聞いたわ」
「違う違う。お前は何も知らないんだな?」
私を小馬鹿にしながら、ペラペラと秘密を話し出した。
黒船商会の社員の半分――つまり、暗殺部隊が一人もいなくなったという。
それは既に知っている。ミオの仕業だ。
「あいつらは、帝国の精鋭部隊だった。いけすかないし、人でなしで、死んで当然の奴らだが……」
「ふうん。魔物に喰われたらしいわ」
「そうなのか! それは知らない話だ」
ペリーは嬉しそうだ。少し考えれば嘘だとわかるのに。
さすがの馬鹿な王国も、黒船商会の件で、帝国に遺憾の書面を送ったようだ。
もっとも、表のことだけだが。
「帝国の事情を教えてくれるかしら?」
「詳しいことはわからん。俺は子会社の社員だ。あいつなら……」
ペリーは、隠し部屋の入り口に目線を送った。
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