怒りの拳
何はともあれ、大商人たちも行方知れずの人々の情報を集めるだろう。取引条件のひとつなのだから、彼らも必死に動くはずだ。
「セバスチャン、待たせたわね。実家を見に行きましょう!」
秋休みになり、学校でもまとまった休暇ができた。……この学校、どうも登校日が少ない気がする。
「わかりました」
セバスは、私から離れることをよしとしない。それは、父との約束を守り続けているからだ。
つい先日も、ミオに私が半ば誘拐のように拐われたとき、彼にとっては肝が冷える出来事だったに違いない。
もっとも、学校は男子禁制の女子寮で、そのときの彼は自由――いや、自分の仕事に専念していた。
私は、カンザブローがぽろりと漏らした情報から、裁判所に「実家の競売差し止め」を申請した。
すると、セリオ侯爵から出鱈目な要望書が提出されていることがわかった。
『リリカ・ノクスフォードは、セリオ侯爵領にある実家の権利を放棄した。また、現在誰も居住しておらず、長期の空き家となって治安悪化が見込まれる。早急に競売にかけてほしい』
裁判所の廊下を歩いていると、パール裁判官が声をかけてきた。
「こんなところで何をしている?」
私は事情を話した。
「なるほどな。権利放棄にはお前のサインが必要なはずじゃが?」
「ええ、もちろんありました。でも……偽物でした。公文書偽造で訴えましたが、相手は侯爵。どんな仕返しがあるか……」
「ははは、そういうことか。公平に見張っておくよ」
パールは手を軽く振って去っていった。
その背中が、なぜかとても大きく見えた。
※
今回の旅には、ネイサン司祭とトモオ、そしてエマも同行している。
「どこに泊まるんですかぁ?」
「教会にしよう! 宿泊施設もあるよ!」
トモオはネイサンと共に何度か訪れており、勝手を知っている様子だった。
「えー」
屋敷が閉鎖されていたら、とりあえず、そうするしかない。
教会とそれに付随する施設は、ネイサンが溜め込んでいた資金と、私――ノクスフォード家からの寄付で建てられたものだ。
「まだ建築は続いてますが、トモオが知ってる場所よりずっと過ごしやすいですよ。それに、新しい施設もできました」
ネイサンが自慢げに語る。サグラダ・ファミリアや五つ星ホテルでも造るつもりか……。
「やったぁ! そりゃ楽しみだ!」
トモオが嬉しそうに笑う。彼のことだから、新しい施設が何か、もう察しているのだろう。
帽子を深くかぶり、行商人の姿をしたセバスチャンが、真剣な顔で馬車の御者を務めていた。
峠での敵襲に備えているのだ。
前回と違い、今回は目立たず、知られずに移動することを心がけた。
学校にも誰にも旅行のことを話さず、一般旅客用の馬車を利用し、深夜に出発した。
「乗り心地悪いなぁ……うーん、もう限界」
私は休憩を促したが、セバスは無言で手綱を握り続けた。
「ここまで来たら、一安心です」
峠を越え、セリオ侯爵領の農地を見下ろす休憩所に着くと、ようやく馬車が止まった。
「うーん、疲れたぁ!」
私は馬車から飛び降り、大きく伸びをした。
「ここの朝飯が美味いんですよ!」
トモオの言葉に導かれ、休憩所併設の食堂に入る。
早朝から営業している、旅人に人気の店だ。
「いらっしゃい! モーニングか、うどんしかないよ!」
看板おばちゃんの威勢のいい声が響く。
店内を見回すと、私たちのほかには冒険者風の男がひとり、うどんを啜っていた。
「あれ?」
背を丸めたその男――間違いない。聖蛇騎士団長、ブガッティだ。
「何をしているの?」
騎士団長自ら偵察というのは不自然だ。
「ああ……リリカ様」
彼は顔を上げ、力なく答えた。
「話を聞かせてもらおう」
セバスチャンが怒りを隠さず、逃げようとする彼の腕をつかんで席に座らせた。
ブガッティは抵抗せず、重たげに腰を下ろした。
彼の口から出たのは衝撃的な言葉だった。
聖蛇騎士団は、すでに解散になったという。彼は、どこからも引き取りの声がかからず、王都を去ることになったと。
「え? どうして?」
私の頭の中に、まるで驚嘆符が浮かんだ。
「ディナモス様から遠征に連れて行かれず、王都に残れと言われただけでなく……聖女様の騎士団を新たに設立するから不要だと」
「そう。見限られたのね」
私は静かに言った。
「教えて? 父を殺したのは誰なの?」
「わからん。俺たちじゃない……」
彼の手が小刻みに震えていた。
「あなたたちじゃない。でも、犯人はあなたたちの装備をしていたのよね?」
「……」
父ほどの戦士が、盗賊程度に至近距離で一方的に斬られるなどあり得ない。
つまり、騎士団の装備で近づいたのだ。
「あなたたちは、こともあろうに自分たちの装備が盗まれ、そのことを隠蔽したのね?」
「……そうだ。だが、窃盗団の仕業だとは我々は言ってはいない」
「なぜ、バルト様の遺体をその場に置き去りにした?」
「すまなかった。だが、法律上は一般市民の殺害だ。警備隊の仕事で、我々の職務ではない」
セバスは無言でブガッティを外に連れ出した。
誰も止めなかった。止められなかった。
喧嘩になるかと思ったが、そうはならなかった。
ブガッティは、セバスの拳を受け入れ、倒れることなく殴られ続けた。
「お前たちの落ち度で装備が盗まれ、その結果、人が死んだ。それなのに、詫びる気持ちも、弔いの心も無かったのか!」
鈍い音が響くたび、空気が震えた。
やがて、ブガッティは力尽きたように膝をつき、地に崩れ落ちた。
鍛えた体ゆえに死にはしなかったが、ただでは済まなかった。
私たちは、店のおばちゃんに迷惑料を含めた食事代と、男の傷を癒やすポーションを渡した。
「バルト様は、私たちの領民の心に生きていますよ。リリカ様、また寄ってくださいね」
おばちゃんは、深々と頭を下げた。
「セバス、手を出して」
私は彼の拳に丁寧に薬を塗った。
「勝手なことをしました」
「ううん、父のために怒ってくれて、ありがとう」涙がこぼれた。
それは私の、そしてリリカの心からあふれた涙だった。
「さあ行きましょう。――セリオと対決よ」
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