思考の迷宮
「ま、待て待て! じゃあ、何が望みだ?」
マッチ棒――ブンザエモンが慌てて止める。彼の額には、すでに薄い汗がにじんでいた。
「うーん。そうね。先にあなたたちの要望を聞かせてもらおうかしら?」
子豚とマッチ棒は顔を見合わせ、同時にため息をついた。
商人の世界では、沈黙ほど高価なものはない。
そして、観念したように話し始める。
――まったく。最初からそうすればよかったのに。
「俺たちの要望は一つだ。薬を作ってもらえないか?」
「うちにも店があるんですよ。小さいですが、サクナ薬局、知ってますか?」
「ああ、知ってます。儲かってるようで。だが紀伊國屋の欲しいのは、リリカさんしか作れない特級ポーションです」
なぜ知ってる? まあ、こいつらのことだ。あちこちに目も耳もあるのだろう。商人とはそういう生き物だ。
「その様子だと、調合方法も素材もあるんでしょ?」
「……ああ、だが誰も作れなかった。リリカ様と聖女様以外は」
「そして、聖女ソフィアは取引できないものね!」
ソフィアのところには、放っておいても信奉者からの寄付が集まってくる。
大陸中から、まるで川の流れのように。
もちろん彼女の信奉者たちは、心と体を削って奉仕活動と資産管理を“正しく”行なっている。
有名な『聖女局』だ。
「寄付をもらいましたので、薬を」――なんて、口が裂けても言わない。
薬を作ってもらえるのは、彼女の気まぐれ。まるで神託のような偶然にすぎない。
あれ? それじゃあ比較して、私は金と欲の亡者じゃない?
『大陸の俗物』と呼ばれる日も近そうだ。いや、もう呼ばれているかもしれない。
「そう。あなたたちのして欲しいことはわかったわ。誰に吹き込まれたのか知らないけど、薬は素人には無理よ!」
どうせ、ありえないくらい金をかけて、材料を集め、レシピを揃えたけど上手くいかずに大損しているのだろう。このままじゃ、一円も換金化できないもんね。
まあ、もったいぶるほどでもないけれど、この世界のバランスを崩されても困る。
そこまで聖女が考えているのかはわからないが、少なくとも私は考える。
特製のポーションは世界を変わる。
「それじゃあ。頼めるか?」
「気が早いわね。作る作らないは、一つずつ判断するわ。もちろん、高額な作業料は取るわよ」
「人の足元を見やがって!」
「大商人に言われるのは、褒め言葉だと受け取るわ! ところで、ブンザエモンには聞きたいことがあるの。あなた、第二王子を支援してるの?」
「私は……」
カンザブローが口を開きかけたが、私は手で制した。
「あなたには聞いてない。どうせばりばりの第三王子派でしょ?」
「よくご存知で。カンクローも仲良くしてもらってますし……」
いや、第三王子ディナモス。あいつは八方美人だから。
私の予言では、カンクローの名前すら覚えてないはず。
「それで、ブンザエモンは? 答えないということは、帝国派なのかな?」
「そんなことはありません。ですが商人。他国とも上手くやる必要がございまして」
こいつらと話してると、頭が痛くなる。
信条さえ、商売道具にしようとするんだから。
「黒船商会の跡地も買い取ってたもんね?」
「それは、第二王子に頼まれたからです。私は第二王子を援助していますが、今はナエル王子も援助しようと考えております。そうだ、リリカ様は仲が良いと聞いております。口を聞いてもらえませんか?」
「はぁ?」
「イセヤもナーシル砂海連邦とは取引が盛んでして。近いうちに挨拶に行きたいと」
なんという節操のなさ。
理由はわかる。ナエルが“聖魔術”を使えるという情報を手に入れたのだろう。
いち早く取り入るつもりか、それとも二重スパイでもする気か。
薬よりも、こっちが彼らの本命の要望かもしれない。ナエルには、カグラという怖い門番がいるから。
私は一拍置き、ゆっくりと微笑んだ。
「ところで、冒険者ギルドのアミン副ギルド長の行方と、黒船家のペリー、それに黒船商会のダダ支店長。今はどこにいるんでしょうね? 探してるんだけど?」
カップの中の紅茶が、静かに波打った。
その揺らぎのように、彼らの顔色もゆらりと変わる。
明らかに――知っているようだ。
長い商談を終えて屋敷を出る。
「待ちくたびれたよ! 何の話だった?」
屋敷を出るとどこからともなく、ドノバンが現れた。
「大変だったわ。薬つくれとか、ナエルに取り次げとか!」
「そうなのか?」
ドノバンは私の言葉に目を丸くする。
「いえ、そんな口調ではありませんでしたよ。リリカ様のワンマンステージ。まずご飯にダメ出し、次にカンザブローにダメ出し。借金は踏み倒す気まんまん。薬は気が向いたら作ってやる。もち高額で。それから、お前何王子派? ナエルに援助しないの? それと情報よこせ。です」
エマがドノバンにまとめて話をしているんだが、どうも私の認識と違うような気がする。
「あれ? 私が、ナエル王子をお前たち応援しないの? って感じになってない?」
「はい、薬作って欲しけりゃ、わかってんだろな? って感じでしたよ」
セバスも同意見のようだ。
「そりゃ、リリカがナエルと仲が良いって話は、奴らの耳にもう入ってるよ。何派ってしつこく聞かれたら、紹介して下さい。援助しますって嫌でも答えるよ」
ドノバンは笑って言った。
「あーーー」
私は天を仰いだ。綺麗な秋の空だった。
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