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魔法練習キャンプ開幕、孤島にて


「大丈夫ですかぁ?」

 どんどん、と扉を叩く音。エマの心配そうな声が響く。


「あーん、エマぁ……」

 私は情けない声で助けを求めた。

 扉が開いた瞬間、エマの目がぱちぱちと瞬き、そして眉がぴくりと引きつる。


「……何やってるんですかぁ。風邪ひきますよ、早く着替えてください!」

 あきれた様子で靴下を脱ぐと、ため息をつきながらも、彼女はすぐにタオルと着替えを手際よく持ってきてくれる。


「いやぁ、暴発しちゃった」

 私が苦笑交じりに言うと、エマの口元がぴくぴくと痙攣する。

「暴発って何ですかぁ。魔法の失敗じゃないんですかぁ?」


「失礼ね。サイレントキャストも完璧にこなす私が――」

 ……言い返そうとして、言葉に詰まった。それは、秘密のままにしておきたい。

 結論だけ言えば、全然、コントロールできていなかった。


 本に載っているどの計算式にも当てはまらない、未知の現象が起きている。

 たとえるなら――。

 ダムの水を、家庭用の蛇口に直結させてしまったようなものだ。

 熟練度や適性という水道管も、ポンプも通らず、魔力がただ暴力的に吹き出している。


 私は、水に濡れたページをめくりながら、魔法初級の教本に目を通す。

 暴発についての記述なんて、今まで一度も気にしたことがなかった。

 ゲームの中では、こんなこと、起きたことなかったのに――。


『例外的に、最大出力魔力が非常に多く、熟練度・適正値が極端に低い場合、暴発現象が起こる。この場合、出力を抑えるか、熟練度を上げることで回避が可能』


 ……もしかして。

 リリカは最初から、出力を抑えて魔法を使っていたのかもしれない。

 そんな発想、今まで一度もしたことがなかった。

「これは、練習あるのみだな」


 何せ、魔力量だけは――底なしだ。

 弾切れの心配だけは、しなくてよさそう。

 リリカは……どうして魔法をやめたのだろう。


 怖くなった? それとも、誰かを――傷つけた?

 私の中に、まだ知らない、触れてはいけない過去があるのかもしれない。

 私はそっと教本を閉じ、水浸しの部屋をぼんやりと見回した。



 翌朝、出立の刻――。

「セバスチャン、お願いがあるの!」

 私は、胸の内で温めていた計画を、ついに実行に移した。


「どうなさいましたか?」

 いつも冷静なセバスが、一瞬だけ目を瞬かせ、すぐに真剣な表情に変わる。


「私、魔法の練習をしたいの。でも、人や建物がある場所だと、迷惑になってしまうから……」

「……本気でおっしゃっているのですか?」

 執事であり、御者であり、料理人であり、庭師でもある万能執事が、珍しく声を詰まらせた。


 普段は即断即決の彼が、静かに思案し――ひと呼吸おいて、言った。

「……そうですか。失礼ながら、リリカ様のご決断に、私、セバス、深く感服いたしました。王都への帰着は少し遅れますが、それでも構いませんか?」

「ええ。ある程度、目処が立つまでは戻れないと思うの」

「承知いたしました。それでは、少々お時間を。すぐに手配いたします」


 セバスは深く一礼し、すぐさま軽やかな足取りで準備に向かう。


 リリカの周りの人は――本当に、みんな優しい。

 嬉しくて、でも、少しだけ、胸が締めつけられた。



 魔法練習キャンプ――その幕が、今、静かに上がる。

 セバスが用意してくれたのは、私の理想そのままの場所だった。


 魔物が出ると噂される山奥の、ひっそりとした湖。人家は一つもなく、誰にも迷惑をかけない。そして、私たちがいるのは――湖の真ん中に浮かぶ孤島!


 どっちに魔法が飛んでも問題ナシ!

「ごめんね、エマ。王都に帰るの、ちょっと遅くなるかも」

「構いませんよ。でもリリカ様、ずっと魔法を撃ちっぱなしですが……お疲れではありませんか?」


 私の魔法が飛んでこないように、大きな盾を構えたエマとセバスの声が、やや後方から届く。

「だいじょーぶよ!」

 四属性魔法の中で、最も安全な水魔法からスタート。魔力出力を抑える練習だ。


 ……まあ、暴発するわ、変な方向に飛ぶわ、自分の魔法で吹き飛ばされて湖にドボンだわで、散々だったけど。

 でも、夏で良かった。私、水泳は得意なんだ。ふふっ。


「いっそ、水着でやりませんかぁ?」

「はぁ……そんな陽キャなノリ、しません」


 キャンプ一日目。成果は――ゼロ。惨敗。

 さすがに半日も撃ちっぱなしだと、いくら私でも魔力が切れた。


「じゃあ、遊びましょう!」

「違います。エマの勉強よ!」

 エマは復学を目指している。でも、今のままだと授業に全然追いつけないって嘆いてたから、午後はちょっとだけ勉強タイム。エマ、長時間は無理そうだしね。


「リリカ様って、頭良かったんですね……」

「ええ、今までは隠してたのよ」

 うん、このキャラでいこう。


 夜は、セバス特製のBBQ。想像以上においしくて、驚いた。

 満天の星空の下、私はぐっすり眠った――はず、だった。


「リリカ様、朝ですよ!」

 ……え? 朝?

 起きた私は、思わず目を疑った。

 テントの周囲の地面が……真っ赤だった。

「え、なにこの血……」


「申し訳ありません。死骸はすべて湖に捨てましたが……少し、残ってしまいまして」

 セバス……あなた、いったい何と戦ってたの?


 人気がないって、そういう理由だったのね。

 どんな魔物だったのか、見たかったなぁ。てか、私って剣とか使えるのかな? 今度確認しよっと。

 でも――この場所、やっぱりヤバい!

 一刻も早く、成果を出して撤収したい!


 二日目、私はこれまでになく真剣に取り組んだ。

 そして――


「できたぁ……!」

 ついに、水鉄砲の完成だ。

「なんですか、それは……」


 エマが吹き出している。ちょっとムカつく。

 でも、魔力を抑えて撃つと、適性のない水属性は、こうなるのだ。


 それでも――いい。

 これが、大事なのよ!

「わかってないなぁ。これから少しずつ上げていけばいいの。どこでも熟練度を上げられるのが、強いってこと!」


 私は満足げに後ろを振り返る。

 ……と、そのとき。

 二人の顔が――真っ青になった。


「ぎゃあああああっ!!」

 エマの悲鳴が、静寂を切り裂く。

 私は反射的に振り返った。


 そこには――魔物の死骸を咥えた、巨大な魔物が、ヌッと姿を現していた。


 体毛は濡れて腐臭を放ち、瞳は血に濁って光を帯びている。

「リリカ様、お下がりください!」

 セバスが焦った声で叫び、盾と剣を抜いて走り出す。


 すごい……これ、ゲームで見たこともないやつ……!

 私の中で、何かが熱く――沸騰する。


「やったぁ! キャンプの打ち上げにぴったりの――実戦じゃ!」


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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