光の証人
一人はサリバン先生だ。学校の運営担当で、風紀委員の顧問でもある。もう一人の先生が、私の特待生試験を邪魔した魔術師教授セディオ。二人は並んで、ステージの脇に立っている。
「私たちで機材を動かすって言ったんですが……」
トモオが悔しそうに報告してきた。
「仕方ないわよ。機材の管理はセディオだもん」
私は肩をすくめた。今回、わざわざ変なことを仕掛ける理由はない。きっと王子の実力を探りに来ただけだろう。
それより気になるのは、観客席の隅にいる連中だ。第二王子レクサルと騎士ジュリアン・セリオが仲良く会話している。
「ああ、ドノバンが動くから、変な虫が湧いてたんじゃないか」
私が文句めいたことを言うと、トモオが首を振った。
「違うよ。俺が部屋を出た時には、もう奴はいなかった」
「あの二人って仲良かったんだっけ?」
「さあ。でも何を話してるかはわかるよ。後で教える」
やはりドノバンの密偵たちが動いているらしい。
そしてもう一組、観客席の最前列でやけに目立つ声が聞こえる。
「ナエル様、頑張ってぇ!」
「パーシーなんかに負けるなぁ! 大好き!」
スミカ軍団だ。声を聞いて、エマの顔色が変わる。
「あの、スミカ軍団、うるさい!」
やっと、エマが私の気持ちを理解したらしい。
準備が整った。──計測音。試験、開始。持ち時間は三分。標的の凧がドームの空へ舞い上がった。
「それじゃあ、パーシー風紀委員長。模擬演技をお願い!」
凧は浮遊し、逃げ回る。前回より速度が上がっている。
「改良されている!」
魔術師のセディオがいやらしい微笑みを浮かべる。強風を伴う風魔術に対抗する改良を施したのだろう。
「いや、今回、私はやらないんだけどな。それにあれくらいなら、影響ないし」
パーシーは最初は苦戦していたが、標的の動きを読み、軌道を素早く修正した。火魔術の威力も増し、撃破数を伸ばす。
「パーシー、九つ!」
計測終了を告げるサリバン先生の声が響く。
「ほぉ、やるな。追跡に無駄がない」
セディオが偉そうに呟く。私は無言で拍手した。
「次に誰がやる?」
「俺は向いてない」
トモオはそっぽを向く。
「じゃあ私が……」
エマが手を上げた。
エマがどれほど力をつけたのか、私は楽しみだった。きっとエマは、ナエルに考える時間ときっかけを与えたいのだろう。
「行きます!」
エマの魔力が弧を描く。天才的な感性で、パーシーの軌道を寸分違わずトレースしていく。数個落とすと、火から土、そして風へと属性を切り替えた。
「え? 器用じゃん」
思わず私も賞賛の声を漏らす。
三分は短いようで長い。集中を保ち続けて魔術を放ち続けるのは想像以上に消耗する。
「エマ、九つ!」
「疲れましたぁ、リリカ様」
エマがすがりついてくる。歓声と拍手が湧いた。
「さすがです、我が店長!」
スミカおべっか軍団の声援は相変わらず大きい。
「数種類も属性魔術を使いこなしている。ま、私が改造した標的には風魔術は苦戦したようだがな」
セディオが得意げに感想を述べる。腹立たしいが、彼の観察は的確だ。
「エマ、カッコよかったよ!」
ナエルの一言に、エマは顔を輝かせる。
「応援のおかげよ」
エマは私から離れてナエルに抱きつく。カグラの睨みを知っていての確信犯だ。
「ナエル様の順番です。ご準備を!」
メイドに引き剥がされ、エマは引っ張られていく。
ナエルがゆっくりとステージ中央へ進む。彼の緊張が、こちらまで伝わってくる。
はじめに放った土魔術は標的にかわされる。威力は小さく——パーシーやエマの中程度に比べれば、確かに弱い。
しかしナエルは動じない。どんどんと魔力を小さくしていく。私にはできない芸当だ。標的はナエルの微かな魔力に反応せず、だが中心をかすめるように当たる。
それでも落ちない。威力が弱すぎるのだ。
「わかった」
ナエルは、答えを導いたようだ。
私は彼の狙いを掴めないまま息を飲む。
「ルクス・ジャベリン」
ナエルの呟きとともに、細く長い光の矢が空を裂いた。光はただの輝きではなく、沈黙を伴う重さを持って突き刺さる。
「え?」
質量を伴う光。
標的の凧は、的中判定を示すと次々と地上へ落ちていく。凧自体は魔力を感じ無いようで、宙をわずかに漂って、ナエルの攻撃で静かに落ちる。
しかも、魔力消費は最小限だ。
「嘘だろう!」
滅多に驚かないドノバンが叫ぶ。
「あっ……やはりそうだ」
特別な光魔術でそれが出来るのは、聖女だけのはずだ。私たちの光魔術は、せいぜい灯りをつける程度にしかならない。
私は顔から血の気が引く。あれは、私の“闇魔術”と同じ種類だ。知られてはならない、聖に繋がる魔術——『聖魔術』。
カグラもナエルも、まだ事の重大さに気づいていない。
「他の人もそうであってくれ……。仕方ない、気づいた奴は殺す」
半分本気でそう呟く。ドノバンがふっと笑った。
「ああ、その方がいいかもしれないよ、リリカ様」
セディオは冷静に墜落した標的を調べ、対物対魔術式を展開している。まるで私が何か仕掛けるかのような警戒ぶりだ。失礼な話だ。
だがそれだけ――この事実は危険すぎた。
私は頭を抱えた。
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