ナエル王子の挑戦
風紀委員室では、パーシーが、相変わらず管を巻いていた。
「話が違うよ、リリカ。生徒会との連絡会議じゃなくて、生徒指導の先生との会議じゃないか?」
「そうなの? なんでかな……?」
「聖女様たちは、今、魔物征伐の長期遠征に出かけてますよ」
トモオは、にやりと笑いながら言った。知っていたが、黙っていたらしい。姑息な奴だ。
「だから会えなかったのか……でも、セリオはいるよね?」
「はい。峠で会いましたね。セリオは、遠征途中で戻ってきたそうです。怪我だとかで……」
「はあ? どこが? そんな訳ないだろ」
私たちに、馬鹿みたいに悪態をついたあいつのどこが病気だというのだ。ああ、頭か。頭ならわかる……。
「でも聖女なら、死なない限り治せるよ。呪いを受けているようにも見えなかったし……」
「リリカ様、教えてあげますよ。セリオは、勇者パーティを追放されたらしいです」
「何故?」
「実力不足、でしょうか……でも今のリリカ様なら、間違いなく選ばれますよ!」
ふざけるな。断る。私は知っている。勇者である第三王子ディナモスと、聖女ソフィアがいれば、他の人間など必要ないのだ。
いわば遊びだ。だから、誰でもいい。――そして、そのことはソフィアも知っているはずだ。私がゲーム世界で経験したことと同じように。
人事権は、王子ではなく、聖女にあるはずだ。
「そういえば、出立の時、美男子の剣士が新たに加わってました。やっぱりセリオは首じゃないですか?」
トモオは推理を展開し始める。
勇者パーティに人数制限はないから、何か事件があったのは間違いないだろう。
――『王都の神話級のドラゴンが現れる』とか、適当なことを言ったのだろうな、と私は心の中で思った。
その時、風紀委員室の扉がガラリと開いた。雑用の時間が始まる音だ。
「リリカ様、依頼主を連れてきましたぁ!」
エマの嬉しそうな声が、室内に弾けたように響く。
「パーシー、トモオ、対応お願い」
「駄目ですよ! リリカ様、対応お願いします!」
リリカは、私の手を引っ張り、ソファに座らせた。
エマの後ろにはナエル王子が、少し申し訳なさそうに立っている。
思わず、「またお前か?」と言いそうになったが、エマに鋭く睨まれて黙る。
「今日は、カグラは?」
「用事で今日はいません。エマに相談したら、リリカ様ならなんとかしてくれるって」
ナエル王子は、ダンジョン探索で自分の実力不足を思い知ったばかりだ。
でもカグラは、彼が怪我をするのを恐れて、あまり訓練させてくれないという。
「魔法練習キャンプの話をしたら、ぜひやりたいって!」
え、エマは嫌がっていたくせに。マジックブートキャンプ……
ストレスも溜まっているし、これはありかもな、と私は心の中で思った。
※
「ところで、ナエル王子の魔力量はどれくらいあるのかしら?」
私は、少し勇気を出してストレートに聞いた。
何せこれが無いと、話は始まらない。魔力量を聞くことは、ある意味禁忌だ。特に相手は王族だ。
王子自分の身の危険にも、格式にも関わることだ。
パーシーもトモオも、聞かないフリをしているが、意識はしっかり私に向いているのが分かる。
「はい、外に出てください!」
エマは二人を追い出そうと、首根っこをつかんだ。
「エマ、僕は隠したりしないから、そんなに気を使わなくて大丈夫だよ!」
ナエル王子は、優しく微笑みながら言った。
「でも、実はわからないんです。魔力切れを起こすまで、魔術を使ったことが無いんです」
「ふむ……」
まさか、私のような底なし魔力量タイプなのか、と少し期待した。
「じゃあ、得意な属性は?」
「どれも同じくらいです」
私やトモオのような、特殊な属性を持っている可能性もあるかもしれない。
「まあいいや。ところでナエル王子は剣は得意ですか?」
「いえ……どちらかと言えば苦手です」
なるほど。剣が得意な奴は、どちらかといえば厚かましい奴が多い。ドノバンとか、クルミとか。
「あれやりましょうよ、特待生試験のやつ! 円盤落とし!」
私が丁寧に聞き取りをしている最中に、パーシーが割り込んできた。
いや、魔術好きはうずうずして、つい口を開きたくなるのだろう。
エマは、『ナエルに恥をかかせるつもりか』と睨む。
「やってみたかったんですよ。実はリリカ様の見て感動したんです」
やはりナエル、お前はいい奴だ。
「わかった。みんな、許可と準備をして!」
「さすがに、部活で使ってると思いますよ」
トモオが冷静に言った。
「そうね。でも夜なら空いてるでしょ!」
さすが王子の依頼だ。許可はすぐに下り、私たちは夕飯の後、円形ドームの扉の前に集まった。
「リリカ様、お話は聞きました。よろしくお願いします」
カグラには隠せなかったらしい。ナエル王子の後ろについて来ていた。
彼女の用事というのは、ナクサ薬局で支払いを済ませることだったらしい。
「ブラックスミカめ! どんだけ売りつけたんだ!」
どこで聞きつけたのか、ドノバンも現れる。
「出て来なさい! ドノバン!」
私の高性能ドノセンサーは、今日も外れない。
「だって、ナエルが夜出歩くなんて初めてだから、隠れてついてきたんだ」
奴は、街路樹から軽やかに飛び降りた。
「さて、始めようか!」
私はドームの中に入った。そこには、歓迎しない客も何組かいることに気がついた。
お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。