帝国の改革派
その日の夜。
あのお方が帰ってきた――氷雪のドラゴン、ティア様。
普段は鷹の姿をとり、人の世界を気ままに歩かれる神聖な存在だ。
「お入り下さい」
私は立ち上がり、扉を開けて部屋に招き入れる。
「夜食はどうされますか? おにぎりでよろしいですか?」
「いや、夜食はもっと軽い物にしよう。マリスフィアで食べ過ぎた。今、減量中だから、ケーキか何かで」
……いや、ケーキも十分カロリーあるんだけどな。
(私と違って体型は変わらないし……ドラゴンって羨ましいな)
私は侍女のエマにケーキとお茶を用意させ、机に並べた。ティア様は皿を前に、どれから食べるか悩んでいる様子だ。
――そんな姿を見ると、神聖さを忘れそうになる。
「やっとお話が聞けます。帝国のこと」
私は急いで切り出す。こういう機会を逃したら、二度と聞けないかもしれない。
「ああ、帝国ね。幻影の魔女は帝都近くの森に住んでいる。政治には興味が無いんだ。いや、魔女は誰も興味ないけどね」
「それじゃあ……」
「ははは、ちゃんと王城に忍び込んで聞き耳立てたから、バッチリだよ」
……この神聖なドラゴンはいったい何をしているんだ。
「スパイのやり方は、大昔、盗賊ギルドの者に聞いたからね」
ティア様は部屋の中を得意げに飛び回りながら説明する。
ティア様の情報によれば、帝国は現状派と改革派に真っ二つに分かれ、改革派は力をつけつつある。皇帝が現状派なので、微妙なバランスの上に成り立っているという。
「どうだい、すごいもんだろう!」
「それで、父を殺した首謀者は?」
「改革派の誰かだろう。王国の力を削ごうとしているんだ」
――正直、それくらいは私でも予想できた。
「うーん……」
私が考え込んでいると、ティア様はおかしそうに笑った。
「簡単だよ。改革派の大臣クラスを全員殺せばいいんだ」
……簡単だ。でも失敗すれば戦争になる。彼らの狙いはまさにそこだろう。
暗殺の準備をしているなら、反撃されることも覚悟しているはずだ。
「それで、ミオ様は何と?」
「復讐の仕事は君たちに譲るって言ったじゃないか?
マリスフィア侯爵の魂は輪廻の中にいる。彼の魂が、どこで転生するのか見張るのに忙しいのさ」
「そんなにすぐに?」
「こればかりはわからない。数年か、数十年か、数百年か。でも、場所について言えば、縁のある地に生まれ落ちるんだ。魔女にとっては耐えられる時間さ。いや、それこそが魔女が生きている理由さ」
――でも、きっと私は転生しない。
「ところで、ティア様、ナーシルの秘宝と言われる宝石、知ってますか?」
「ドラゴンが宝石や黄金が好きというのは誤りだよ。物欲なんて見下すね」
(いやいや、ティア様、物欲はないけど食欲の方は……)
「砂の魔女様の作ったガラスの」
「はぁ、あれはただの魔術を貯める瓶だろう?」
「やはり、そうですよね。ところでティア様は、ナーシル砂海連邦のことはお詳しいですか?」
「いや。なるほど、そういうことか。全くドラゴン使いの荒いやつだな。アルのところに行ってくるよ!」
「違う、そう言う意味じゃないんだけど……」
「いえ、お手間を取らせる訳には」
「ははは、任せておいてくれ!」
――そう言うと、ティア様は雪山へ飛び去った。
おかしい。雪山に数百年と籠っていた出不精のドラゴンが、こんなに行動的とは。
※
数日後の放課後、私は久しぶりにバイト先の王立税務局に顔を出した。
タヌキ、じゃなくてラクーン特捜部長が声をかけてきた。
「リリカさん、久しぶりですね」
「すいません、なかなか出社出来なくて」
「いえ、学校も始まりましたし、暇な時に手伝ってくれると助かります。事務仕事のみで……」
私が、クルミと黒船商会を襲撃、いや特別監査で暴れたことに文句を言いたいのだろうが、彼女が侯爵になってしまった以上、今更文句も言いづらいのだ。
「ところで、ラクーン特捜部長、私たちが捕まえた黒船商会を釈放したらしいですね。取調べはどうしたんですか?」
「保釈金積まれたのでね」
この野郎、私相手だと誤魔化せると思っているのだ。
「そうですか。仕方ないですね、と私は思いますが、クルミ侯爵は納得されますかね?」
「いやぁ……ここの職員だったんだ。理解してくれるはずだ」
「気が早いですね。ラクーン特捜部長、今日、退職の挨拶に来たのに」
彼がその声に、恐々振り返った。
「何で、何でここにいるんだ!」
「冷たい上司ね。叙任式があったから王都に来てのよ。少し話をしましょう」
クルミだ。半ば無理矢理、二人で屋上の休憩室に連れて行った。
「やはり、ここは落ち着くわね。誰も来ないし……」
そして、クルミはバックからいつものボトルとカップを取り出した。
コーヒーのおいしい匂いが部屋に漂う。
「わかったよ、何が聞きたいんだ! 侯爵殿」
ラクーンは覚悟を決めたようだ。いや、強いものには巻かれようと決めたのだろう。
「誰の指示なの? 嘘は嫌いよ。頭が回らないなら、チョコをあげるわ。リリカもどうぞ!」
「俺が言ったのは秘密だぞ。第二王子とセリオ侯爵だ」
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