悪役令嬢の舞台
私は疲れ果て、エマと共にソレリア寮へと帰った。
「家に帰って、大きなお風呂にゆっくり入りたーい!」
思わず声に出した私に、エマはにこりともせず答える。
「ダメでーす。今日はソレリア寮に泊まりまーす。寮には、大きな温泉がありまーす!」
「温泉……! 楽しみだぁ!」私の心は一気に跳ね上がった。どんな泉質なのだろう、肌に触れたら柔らかいのだろうか。
だが、エマの表情がみるみる曇る。
「すいません、嘘です。スーパー銭湯という奴です。温泉は、北侯爵領に多くありますが……」
私の歓喜の声に、エマは耳と尻尾を垂れ、しゅんとしながら、慌てて訂正する。
「まあ、それでも……」私は肩をすくめる。少しだけがっかりしつつも、気分はまだ悪くない。
ソレリア寮の門をくぐると、炭火で焼かれた肉の香ばしい匂いが鼻をくすぐった。野性味溢れるこの寮では、多くの生徒が外の調理場で料理をしている。
「遅いですよ、リリカ様!」
スミカたちが明るく駆け寄る。今日は特待生と新入生の歓迎会だという。
「材料は執事長のセバスチャン様、費用はドノバン様から出していただきました」
エマが小声で説明してくれる。なるほど、だからここに連れてこられたのか。
調理場の周りには、豪華な食材が並ぶ。肉、野菜、フルーツ、王都で有名なケーキまで。視覚だけで胃が騒ぎ出す。炭火の香りと、バターや胡椒の匂いが混ざって、思わずお腹が鳴った。
「リリカさんが到着しました! 新入生&特待生歓迎パーティ、はじめまーす!」
最上級生の寮長が宣言すると、特待生として私に簡単な挨拶を求めてきた。
胃がムカムカする。緊張で逆流しそうだ。数百人の視線が集中する。
『あなたも人の子ね……』
私の中のもう一人の声が耳元で囁く。
『人前では知り合いじゃないと無理な内弁慶なの』
『じゃあ、私に任せなさい! 見せつけるだけよ!』
舞台に立つと、私の身体は元のリリカの振る舞いを再現する。鼻につくほどの高貴な態度、悪役令嬢然とした微笑み。
「リリカ・ノクスフォード、四年の特待生です。風紀委員も務めています。秘密の困りごとは、私が解決しますので、よろしくね!」
スカートをひらりと揺らして舞台を降りると、寮生たちは魅了され、そして呆然としながら拍手を送った。
『傲慢……でも美しい』心の中でため息をつく。
『じゃあ、貴女に体を戻すわ』
映画の主人公のような視点から、現実に引き戻される。
『私も、役に立つ……でしょ。あとは任せた』
体を独占する気はないのだ。助け合って生きていきたいのだ。退場が早すぎる。
だが、歓迎会は止まらない。次々に寮生が挨拶に来て、相談もされる。
「まったく、余計なことを……」深く溜息をつく私。
やっと周囲が落ち着いた瞬間、テーブルに豪華な料理が並んだ。エマが、調理係を終えて、持ってきたのだ。
「リリカ様、少しは食べてください!」
「ありがとう、エマ」
「久しぶりに、前のリリカ様戻ったようで嬉しいです!」
複雑な気持ちだが、胃も心も、やっと少しだけ落ち着いた。
『でも、何故、今まで出て来なかったの?』
『ミオ様が魔女様と入れ替わってるの観て、私も出来るような気がして。実はリリカが寝てる時に入れ替わってたのよ!』
『えー』知らなかった。早く言ってよ!
「何を考え込んでいるんですか? ケーキも持って来ましたよ」
「ありがとう。ところでエマ、クラスは違うけどナエル王子とは同学年よね。彼のことを知りたいの?」
エマが、ナエルの名前を出した瞬間、顔が真っ赤になった。
そういうことか、ふうん。実らぬ恋だろう。
ナエル王子は、ナーシル砂海連邦の中興の祖マルクの末裔の一族の母と、現国王の間の子だ。母は留学で王国に来た際、国王に寵愛され第二王妃となったが、ナエルを産むとすぐに亡くなった。
「王都で母もおらず不憫だ。小さいうちは、我が砂の海で育てよう!」
祖父に引き取られ、ナーシルで育った。幼い頃から姉のように世話をしてくれたのがカグラだ。
母が残したナーシルの秘宝も、ナエルに手渡された。
「元気に戻ってこい。ここはいつまでもお前の居場所だ」祖父は涙を隠して送り出した。
国王が体調を崩したため後継者争いが始まったが、ナエルにはその気はない。他の王子、兄に当たる三王子には厳しい試練が次々と課されるのに、ナエルだけは何も課されない。
国王のナエルを見る目はとても優しく、その姿を見た三王子の中には嫉妬も生まれたとしても不思議ではない。
「ナエル王子は美しいですよね」
リリカは、ナエルを美少年とは思わないが、心の綺麗な子だと感じる。
「明日にでも、ナエルの寮を訪ねましょう」
「やったぁ!」
エミリア寮には、寮で暮らす者の許可が無いと入れない。寮の許可も必要だが、ナエルが申請すれば入れるだろう。
「ところで、何があったんですか?」
リリカの部屋に入ってから、エマたちが出かけていた時のカグラの相談ごとについて話す。
「きっと、レクサルの仕業ですよ。ドノバン様に頼んで締め上げましょう!」
「犯人と決めつけるのは早計よ。ただ、秘密を持っているのは間違いないわね」
探偵モードに、私は気持ちを切り替えた。
お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。




