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旅路と奨学生試験

「リリカ様、何を言ってるんですか? 今日は八月五日ですよ! 夏休みだからって……」


 エマが呆れたように言う。


「……夏休み?」

「いえ……すみません。リリカ様は退学なさるのでしたよね……」

「退学?」 しまった、つい反応してしまった。


「え? もしかして、退学しないんですかぁ? 平民クラスになるなんて絶対いやって、あれほど……」


 エマは驚きつつも、どこか嬉しそうだった。

「別に、平民クラスでも問題ないでしょ」


 同じ学校に通えるなら、いつメンにも会える。むしろワクワクするぐらいだ。


「それに、エマと同じクラスになれるわ!」

「そ、それは……」

「迷惑はかけないようにするから!」


「失礼ですが、二人も通わせる余裕が我が家には……」執事のセバスが苦い顔で口を挟んだ。


「うーん……あ、いい手を思いついたわ。奨学金をもらいましょう!」


 一瞬、部屋が静まり返った。


 たしかに、リリカもエマも、学業成績は壊滅的だった。……でも、今の私は違う。ゲームで鍛えた知識と根性がある。


「私が奨学生の試験を受けるわ。受かればいいんでしょ?」

「ですが……もう、宰相のご意向は通じませんよ」


 ナイルが暗い顔で言った。


「大丈夫。楽しみだね」自信満々の私の言葉に、誰も何も言い返せなかった。


 私の馬車には、御者のセバスと、隣に座るエマだけ。うーん、どんな会話をすればいいんだろう……。


 荷物は予想通りほとんどなく、戸締まりもすぐに済んで、馬車は出発した。


「リリカ様の受け入れ準備もありますので、先に行きます」


 ナイルたちは一足先に王都へ向かっていた。

 ……寝よう。だいたい私、今は寝てる時間だし。


 そう思って目を閉じようとしたその瞬間。


「リリカ様ぁ、起きてますか? この前のお洋服、あれ結構似合ってましたよねぇ? あと、その……」


 エマが、遠慮なく話しかけてくる。


 困った。眠れない。作戦変更。――イケる、気がする。


「ねえ、エマ。大切な話があるの」

「どうしたんですかぁ?」


 泣きそうな顔。不安げな声。


「昨日、馬小屋で……馬に蹴られちゃって。それからちょっと、記憶が曖昧になってるの」


「えええっ!? お怪我はなかったんですか? 昨日、着替えた時には……えっと、怪我は見当たりませんでしたけどぉ……」


「運よく、干し草の上に落ちたからね。ちょっと頭を打っただけ」


「まったくもう……心配して損しましたよぉ……。本当は、王都に帰りたくないとか、ご主人様に会いたくないとか、学校行きたくないとか、我慢されてるんじゃないかと……」


 エマの目に涙が浮かぶ。

――ごめん。そんなつもりじゃなかった。


「バカねぇ。私はもう立ち直ったのよ。心配しないで」そう言って、私は彼女をそっと抱きしめた。


 約一週間の王都への旅が始まった。


 その夜は、街道沿いの宿場町に泊まった。特筆すべきものはなく、平凡な場所。


「エマ、私は一人部屋にしてくれるかしら」

「ええ〜、つまらないです〜」

「試験勉強しないといけないの。ごめんね。それに、あなたもやることあるでしょ?」


 私は、エマの教科書一式を借りて(リリカは燃やしたらしい)部屋にこもることにした。


 そういえば、エマはずっと馬車で編み物をしていた。ナイルからの給金で買った、色とりどりの毛糸を使って。

「それって、誰にあげるの?」

 問いかけた瞬間、エマの顔がぽっ、と赤くなった。

「――……知らないです」


 俯いたその姿が、あまりにも可愛い。

 誰なんだろう。ゲームの記憶を探ってみても、思い当たらない。


 でも――知らない展開って、最高じゃない?

 思わず、口元が緩んでしまった。


「リリカ様の意地悪。もう知りません」


 ぷいっと顔を背け、窓の外を見つめるエマ。たぶん、本当に恥ずかしいんだろう。


 ごめんね。からかったつもりじゃなかったんだけど……。


 でも、今はそれよりも大事なことがある。

――そう、試験対策だ。

 一人部屋にこもって、私は教科書を開いた。


「問題ないな。全部、知ってる」


 ゲームをやり込んできた私にとって、これは復習に近い。


 テストのシーンも何度もこなした。ルート分岐の関係で、いつも高得点を取っていたし、天才扱いされるのも当然だった。


「……待てよ」

 一冊の本に目が止まる。


 ――『魔法教本・初級』


 この世界では、魔法はキャラクターの核。そして、試験には当然、実技もある。


 私は少し顔をしかめた。


「やばい、舞い上がって魔法のこと完全に忘れてた……」

 慌てて本を開く。ページを繰る。


《魔力=個人最大出力 × 熟練度 × 適性 ×(魔道具)》――とある。


「……そうだった」


 私は目を閉じ、自分の中の魔力量を探ってみる。

 その瞬間。


「えっ……えぇぇぇぇっ!?」


 桁違いの魔力量。もはや異常というか、測定不能レベル。


「なにこれ……リリカって、こんなにあったの? 好きなだけ魔法撃てそう……」


 もしかして、他の属性適性が壊滅的だから? それとも、闇魔法の性質?


 とにかく、やってみるしかない。


「とりあえず……水魔法から。基礎中の基礎だし」


 私はコップに向かって、そっと手をかざした。


《ウォーター》――音もなく発動するサイレントキャスト。


 バシャアアアアアッッ!!!


 コップは弾け飛び、天井まで水柱が跳ね上がった。次の瞬間、雨のように水しぶきが降り注ぎ、室内が一気に水浸しに。


 机も書物も、ベッドも、私自身も――全部ずぶ濡れだ。


「ぎゃああああ!? なにこの出力ッ!?」


 私はへなへなとその場に崩れ落ち、濡れた髪を顔から払いながら、天井を呆然と見上げた。


 ……試験、楽しみだわ。

 そう、確かに言ったけれど――


 これは、ちょっと、想定外だったかもしれない。

お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、フォロー、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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