特待生の試練
おい! ナエル。そんな爵位剥奪された大罪人の家の娘と喋るんじゃない!」
第二王子レクサル――王族らしい威厳を漂わせながらも、弟ナエルに対する小馬鹿にする陰険さと、どこか小物っぽい匂いを隠せていなかった。
四大侯爵家、南の公爵家出身の母を持つレクサルと、帝国の南にある遊牧民の国家ナーシル砂海連邦出身の母を持つナエル。そして、その母はもういない。
その出自の差は、学園内でも微妙な空気を作り出していた。
「お言葉ですが、それはナエル様の自由でございます」
ナエルの全身を守るかのように立つ、あの怖いメイド長カグラが、レクサルの顔色を伺うこともなく、毅然と返した。
鋭い眼光は、王族でさえも簡単には逆らえない圧を放っている。
「そうだな、貧乏人同士でお似合いでいいかもな。だからこんな汚い物、まだ身につけているのか!」
そう言って、レクサルは、ナエルのネックレスを引きちぎり放り投げた。
「ああっ」ナエルの悲鳴。
ネックレスは壁にぶつかりゆっくりと落ちた。
「大丈夫ですよ、ナエル様」
カグラが、慌てて駆け寄り、ネックレスを確認すると大事に拾い上げ、ポケットにしまった。
私は、風魔法を使いペンダントが傷つかないように風をおこしていた。
「さすが、リリカ!」小声でドノバンは言った。
だが、ネックレスは千切れ修理が必要だろう。
「ゴミを拾うな、カグラ。そろそろ子守りを辞めて、俺のメイドにならないか?」
レクサルの口から出た言葉に、ナエルの全身が震え、顔が青ざめ、下を向いた。普段は明るい彼のその姿を見て、もう私は頭にきた。
その次の瞬間、レクサルがカグラの腕を取ろうと手を伸ばした――。
だが、寸でのところでドノバンの手がそれを弾いた。なぜか、その手からは血が滲んでいた。
「どけ!」
低く、静かな声が響く。ドノバンの目は冷たく、だが迷いのない光を帯びていた。
「くっ、ドノバン。貴様、どういうつもりだ!」
レクサルの顔が、一瞬にして歪む。自尊心を深く抉られたかのような表情だ。
「通り道だったから、どいてくれと言ったんだ。午後の授業に出ないといけないんでね。真面目だからな、俺は」
ドノバンは淡々と答える。まるで、世界の秩序が少し乱れた程度のことに過ぎないと言わんばかりだ。
従兄弟にあたる、力も強いドノバンには、レクサルも言い返せなかった。
全員が、このタイミングだとばかりに蜘蛛の子を散らすように散った。
「ごめん、ドノバン」私は小さく呟いた。ナエルに見られぬよう、こっそり謝る。
私が咄嗟にレクサルの手に向かって放った鋭い魔術の土錐を、彼の手で弾かせてしまったのだ。
「ああ、なんか怪我してるな」
嘘だ。彼は私の攻撃を防いだだけで、王族に触れさせないために身を呈したのだ。
もし王族を傷つけたら、無事では済まない。……ドノバンを殴ったり蹴ったりしてるけど、それはノーカウントで。
「ちょっと、手当をさせてくれない? 軽い挑発に乗って、軽率だった」
私はポーションを取り出し、ドノバンの手に丁寧に塗った。彼の手から滲む血を見ながらも、内心でホッと胸を撫で下ろす。
気持ちよさそうで、満足げなドノバン。
エマやトモオは、それを見て微かにニヤニヤしていた。
午後の眠気と格闘しながら授業を終え、帰ろうとした矢先、再びサリバン先生に呼び止められた。
「ああ、あの件ね」
スミカちゃんとトモオは事情を知っているようだが、口は割らなかった。まあ、行けばわかるだろう。
「リリカ、特待生には、学園の為に活動をしてもらう決まりがあるの!」
「えー……」
「当たり前でしょ。例えば、スミカは受験試験官補助、ソフィアは生徒会。あなたも生徒会でいいかしら?」
目の前の人の言葉に、私の頭は一瞬停止した。聖女ソフィアと私は、水と油。月とすっぽん。フォークと箸。そして光と闇。
第三王子率いる生徒会。副会長のソフィアに書記のジュリアン・セリオ、顧問はセディオ。眺めているだけでクラッとするメンバーだ。
「貴女は、会計が合うと思ったんだけど」
残念そうなサリバン先生の表情が、さらに私の焦りを煽る。
このゲーム世界に転生したばかりのころは、彼らに会うのが楽しみだったはずなのに……。
「イセヤのカンちゃんを推薦します。他にはありませんか? トモオやパーシーは何を?」
「彼らは、この学園の警備と下位学年の課外授業の引率よ」
それだ。トモオたちに仕事を任せておけば、私はサボれる――小さな勝利の香りが頭をよぎった。
「サリバン先生。それではどうでしょうか?」
「そうね。監督責任者が欲しいと思っていたから丁度いいわね」
私は大きなミスを犯したようだ。ここは、要領の良いスミカちゃんと同じ活動にしておくべきだった……。
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