伊勢海老せんべいとナエル
「まさか、特待生の入学生が、入学式に欠席するなんて思わなかったわ。事情はエマから聞いていたけど」
サリバン先生から、厳しい叱責を私は受けることになった。
「すいませんでした。マリスフィアの新しい侯爵様からも、サリバンさんによろしく! お伝えしてくれと言われました」
「そう。良かったわ」
彼女はバッシングを受けていたクルミを庇った、数少ない先生の一人だと聞いていた。
「これ、お土産です」
私はセーヴァス製菓の伊勢海老せんべいを渡した。
「ありがとう、みんなで頂くわ。教室に行きなさい!」
まあそんな訳で、私は遅れて、平民教室の扉を叩いた。今更、キャンパスライフを楽しむつもりはない。だが、少しだけ胸がざわつくのを感じた。さて、ぼっちライフの始まりだ。
教室を見回すと、知り合いが……いた。スミカちゃんとその取り巻きたち、トモオとパーシーだ。
「久しぶりね、リリカちゃん。やっと来たのね?」
最初に声をかけてきたのは、ソレリア寮の他の女生徒たちだった。
根掘り葉掘り質問され、適当に答えれば笑い声が教室に少し広がった。少しだけ、居場所がある気がした。
「おい、席につけ。授業を始めるぞ!」
そう言いながら、私を睨みつけてきた教師は、聖女派のセディオ教授だった。
しまった、教科書を買っていなかった。午前中はみっちり魔術の基礎授業だ。
隣の席の男子、トモオが席をくっつけて教科書を見せてくれる。
「優しいのね。でもいらないわ」
「知ってる。まあ授業を受ける形式ってやつだ。リリカ様も我慢しないと」
まさかトモオに指摘されるとは思っていなかった。
セディオの授業は、生徒ごとに扱いが違った。美しい女生徒には、詠唱の抑揚を囁き、杖を握る手に自分の手を重ねて修正する。
至近距離でのその指導は、見る側の胃に不快なものを溜め込ませた。
対して私やトモオには、「特待生に教える必要はない」と突き放すだけ。まあ、私なんて杖すら持たない強者なんだが。
「お前は、馬鹿みたいな魔術は使えるが、繊細なのはできないだろう?」
セディオは私を馬鹿にした。
教室に冷たい笑いが広がる。隣のトモオは舌打ちを漏らした。
私は微動だにせず、並んでいる蝋燭に順番に綺麗な炎を灯した。こんな些細な課題すら、私にとっては遊びのようなものだ。
教室に一瞬の静寂が訪れる。セディオ教授は眉をひそめ、言葉にできない苛立ちを背中で示す。
隣のトモオは息を呑み、スミカたちは表向き拍手を送るものの、嫉妬の色を隠せない。
「特待生だからそれくらいできないとな」
教授は美少女たちに向けて笑みを浮かべ、至近距離で指導を続ける。別に教授に認められたくはない。授業を壊すつもりもない。それだけだ。
だから、空想の中で、セディオを磔にした。
※
お昼となり、私はトモオをお供に、食堂で昼食を食べるつもりで席を立った時、スミカちゃんが近づいてきた。彼女にしては珍しく、遠慮していたようだ。
「リリカ様、私たちを誘わないとはどう言うことですの?」
「いや、別に。いつでも話せるじゃない」
「そうですね。でもそう言う訳にはまいりません。そこの下僕よりも、我々の方があなたのお気に入りだと知らしめる必要があります」
だが、私とつるむと、嫌われるんじゃないかな。私は優しいので心配になった。
学園のカフェテリア。エマが待っていて、手を振った。
「リリカ様早くぅ。お腹減りました」
すでに、食卓の上には料理がこんもり。安いからって取りすぎだろう。
ドノバンもいることに、スミカちゃんたちはビビりながら席についた。
「それで、ナクサ薬局の店員はうまくやってるの?」
私はリリカたちに聞いた。
「もちろんですよ。オーナーのくせに、店でも顔を出してくれてない!」
「ごめん、近いうちに顔を出すよ!」
だって、王都に帰ってきたのも、昨日の夜遅く。ティア様ならあっという間なんだけど、ミオさんと出かけて行ったっきり。自由人、いや自由ドラゴンだからどうしようもない。
ナクサ薬局は、オープンして大成功していたらしい。ナイルのおかげだ。ナイルの商会とは別会社なのに、結局彼に任せっきりだ。今度、慰労してあげよう。
皆でわいわいと話をしていたら、一人の少年が話しかけてきた。
「リリカお姉様、久しぶりです。又、会えて嬉しいです! ノクスフォード伯のことお悔やみ申し上げます」
王国の第四王子ナエル。たしか一学年下で、エマと同学年。とっても優しい子。
「お心遣い感謝します。そうだ、セーヴァス製菓の伊勢海老せんべいでも…」
テーブルの上に広げたお菓子を勧める。
「頂きます」
ドノバン以外の他の生徒は驚いている。エマには腹パンチをくらわされた。
「痛いわよ。エマ。どう、美味しいでしょ、ナエル?」
「はい! 香ばしくて、サクサクして海老の風味がしっかりしています」
おおお、さすがナエル。満点の答えだ。
「もう一枚、どうぞ!」
「リリカ様、ナエル殿下の寛大なお心に甘えすぎですよ」
その声はナエルのメイド長の声だ。
ヤバい奴が来た。私はドノバンに救援信号を送った。ドノバンも苦手らしく、私の信号を完全無視した。
その後も、ナエルの気遣いやメイド長の鋭い視線を交え、昼食は緊張と笑いの入り混じる時間となった。スミカたちの嫉妬や戸惑いも含めて、和やかに過ぎていった。
だが、午後の授業に向かおうとした瞬間、事件は起きた
お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。




