十年の誓い
扉の向こう、円卓には残りの三人の姿があった。
二人は、慌てて立ち上がった。聖職者の女と、小さな体をして目つきの鋭い男だ。ルミナ大司祭とナッシュ子爵だろう。
もう一人。クルミ。不貞腐れた態度でこちらを見もしなかったが、視線の端で私のことを見つけると、大きな声を出した。
「なんで、リリカがここにいるのよ!」
「おいおい、友達がお前に会いにきたんだ。嬉しいっていうところだろう」
ミオが笑っていった。
「はぁ、リリカを巻き込んで危険に晒したんだな! このクソババア」
クルミは怒って席を立つと、スタスタと私のところに歩いてくる。
「あいかわらずうるさい子だね。この子だってお前に会いたがってたよ。それに復讐は、両家でやらないと意味がないだろ」
「私がやりたかったんだ。それを邪魔しやがって!」
「お前に、汚れた仕事は似合わない」
クルミは私を引っ張って、彼女の席の隣に座らせた。
「円卓会議のメンバーではありませんよ」ハーゲン宰相が言い、私が『まずい』と立ちあがろうとした瞬間、クルミが抑えつけた。
「まあ、良いじゃないか。オブザーバーだ。椅子も八つあるしな」
ミオが言った。まるで、彼女がこの場の女王のように。
「始めてくれ」ミオの弟フォリオンが、口を開くと、メイド達によってワインの入った杯が配られた。
私の前にも置かれた。恐々とワインを見つめる私に気がついたクルミが、小さな声で言った。
「ただの乾杯よ。実は美味しい」
そして、メイド達が全員退席すると、アルフレッドだけが残り、扉を閉めた。
「この西の地を守る、マリスフィアの名において。
我らは王国の剣となり、魔の理をもって民を護らん」
ルミナ大司教が唱えると、全員が復唱し杯を飲み干した。クルミの言った通り美味しかった。
「マリスフィア侯爵の任定詮議を行う」ハーゲンが宣言をした。
「その前に教えてくれ。何故、こんなに急いでやる必要があるんだ?」
フォリオンが訊いた。
「王国からの要請だろう。調べはついている」ナッシュ子爵が鼻で笑いながら言った。
「ああ、奴らも今頃になって、慌てふためいている。剣と盾を無くしてな!」
ハーゲン宰相が呟いた。
「奴らの手足はもいだ。ナッシュ、後は何とかなるな?」
ミオが尋ねた。
「お手間を取らせました。ミオ様」
クルミと私を除いた全員が頭を下げた。
「それでは、選定を致します。ご意見を」
「私では役不足ですか?」
暫定公爵のアンプリオスが、小さな声で言った。
「まだ、早い。それに今は敵に狙われる心配がある」
フォリオンが明確に否定する。
それならば、公爵の弟である彼が適任じゃ無いのか? 私は不思議に思って、クルミに訊いた。
「ずっと体が悪いのよ。今日も無理して来ている」
まるで、枯れ木のような細い手足。こけた頬。くすんだ顔と窪んだ目。本当だ。よく見ると病人の姿だ。
「やはり、クルミ様が適任ですね」
ルミナ大司教が、彼女を見て言った。
「私は養女だぞ!」
クルミは怒って叫んだ。
「俺たちが、サポートするよ!」ナッシュが優しい声で言った。
「兄の意志を継いでもらえないか?」フォリオンが落ち着かせ、説得する。
全員が頷いた。公爵になりたがっているアンプリオスさえも。
マルスフィア侯爵の意志。それはクルミにとって殺し文句だ。自信が無いのだろうか。聖女候補として送り出されたが、偽物聖女に変わった時、彼女は裏切ってしまったと感じたのだ。そして、そんな自分に務まるのかと。
本当の意味で、クルミが立ち上がるには、彼女の決意が大事だ。
私は、彼女の震える手に、私の手を重ねた。
『勇気を出して叫べ。私が侯爵をやってやる』と気持ちを乗せて。
だが、ふと思う。何故、ミオが公爵にならないのか、と。だがその選択は誰の口からもあがらない。ただの引きこもりで、元気。それは私と同じだ。
どれだけの沈黙が流れたのだろう。
「わかったわ。私がやる。だけど二つ条件がある。一つが、私の在任期間は長くて十年だ。それともう一つは、最後の復讐は私とリリカにやらせて欲しい」
「よかろう」
だが一人、首を縦に振らなかったものがいた。ミオだ。
彼女の纏う空気が、沈み変わる。
「復讐は、とても危険だ。私が……」
その時だった、ミオの肩に、どこに隠れていたのか。小さな鷹が止まった。
「良いじゃないか? やらせてみれば。過保護すぎだ、暗黒の魔女よ」
ティア様の声だ。
「ティア。あなたが言うなら」ミオは鷹の頭を撫ぜながら言った。
「え? 魔女? 実在したの?」
私は、驚きの声をあげたが、クルミを筆頭に他の人間の言葉は違った。
「え? 氷雪のドラゴン ティア 実在したの? ちっちゃい」
ゲーム世界、追加実装予定の魔女たちは、結局、歴史、いや伝説として語られただけだった。だから、暗黒の魔女が何者かは私は知識として知っていた。
「一つの体に、二つの魂。その一つが魔女。それが暗黒の魔女」
「正解だよ、リリカ」
だが、ちっちゃいと言われたことに腹を立てたティア様の氷雪によって、部屋は雪山になりそうだった。
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