港街セーヴァスでの再会
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私は、ベースたちが墓を掘り進める様子をしばらく眺めていた。笑ってしまうほど、あまりに手際が良い。
「ここの人たちは、ただの漁師じゃなかったんですね!」
「まあな。だが、正式な軍人でもない。マリスファイア侯爵の私兵さ」
やがて彼らは敵の残した荷を焼き払い、やってきた船を沈めた。炎と煙が立ちのぼり、潮風に焦げた匂いが混じる。
その光景を前にして、ようやく私はミオの計画の全貌を悟った。
屋敷に戻ると、円卓会議の準備のために、ミオはすでに着替えを終えていた。
「もう大丈夫なのですか?」
「ええ、ありがとう。リリカも早く着替えなさい」
「そうですね」
私たちはセーヴァルへ渡る船に乗り込んだ。
デッキに立ち、遠ざかる島を見つめる。
ここは上陸できる場所が限られていて、港を除けば高く切り立った岩壁ばかりだ。人を拒むようなその姿は、まるで島そのものが巨大な要塞のようだった。
隣に立ったミオが静かに口を開いた。
「ありがとう」
「最初から計画だったんですね」
「……そうよ。奴らは大胆で慎重で、逃げ足も早い。一人残らず仕留めるには、あの方法しかなかったの。それに巻き込み事故を避けるためでもあるわ。新たな犠牲者は出さない」
だからこそ、マリスファイア侯爵の島に誘き寄せ、洞窟へ閉じ込めたのだ。
「一人残らず、ですか?」
「ええ。これで――兄に手をかけた者は全員、殺したわ!」
ミオは、満足げに唇を吊り上げた。その笑みは艶やかでありながら、氷の刃のように鋭く冷たかった。
「でも、王都側の半分の敵は……私が岩壁の中に閉じ込めた。生きているはず……」
違う。本当のところ、あの後どうなったか私は知らない。ドノバンたちが尋問しているはずだと、勝手に思い込んでいただけだ。
二つの疑問が頭をよぎる。
「ミオさん、あなたは魔力を持たないって言いましたよね?」
あの黒いスライムのような液体――あれは魔術なのか、それとも別の何か。ゲームの世界には存在しなかったはずのもの。
「そうよ、それは本当よ」
「じゃあ、あれは何ですか? あの黒い液体は?」
「ああ……あれはマリスファイア公爵家に伝わる秘伝の毒液よ。だから秘密にしておいて」
いや、毒液などではありえない。あれは意志を持ち、獲物を追い立てていた。
魔術で召喚された魔物にしか思えなかった。それに、私たちが通ったトンネルの前に、あらかじめ毒を撒いておくなど不可能だ。
嘘だ――。あの瞬間、彼女は確かに恐るべき魔力を纏っていた。今、隣にいるミオとはまるで別人のように。
「そろそろ到着よ。あの島からは近いわ」
「それで、私はどうすれば……クルミに会えるのですか?」
やがて船は、華やかな港街セーヴァスの船着場に滑り込んだ。
そこは海と大地の境界に広がる色彩の都。真白な石造りの家々が階段状に連なっている。潮風に揺れる無数の旗。
波止場では巨大な帆船が並び、人足たちが声を張り上げて荷を運び、商人たちの馬車が絶え間なく往来していた。
ゲーム世界で最も美しいその街が、今、目の前に広がっていた。私は胸の奥が熱くなるのを抑えきれなかった。
「もちろん会えるわ。それと円卓会議にも同席してもらう。――ほら、出迎えが来たようね」
クルミは元気にしているのだろうか。私の姿を見て、果たしてどんな顔をするだろう? 驚くだろうか、それとも――私は少し不安になった。
※
私たちを乗せた馬車は、市場を通る。市場も人が溢れ、熱気が漂っていた。
「市場見学は円卓会議の後に」
「楽しみですね」
「どっち、市場、会議?」
ミオは、悪戯げに微笑んだ。
セーヴァス城は、海の近くの崖の上にあった。
「お待ちしておりました」
城の門をくぐり、馬車を降りると、数人の高位の男が並んでした。
「久しぶりね、フォリオン」
「姉さん、危険な目に遭ったって聞いたよ」
そう言って、ミオに抱きついたのは、痩せている威厳のない男。亡き侯爵の弟だ。
「ああ、ノクスフォードの娘に助けられたよ」
ミオは、私を紹介してくれた。
「そうですか! 遠路はるばる。それとノクスフォード侯爵のこと、お悔やみ申します」
この城にも半旗が掲げられている。
「おばさま、お会いできて光栄です!」
優しそうな少年が、元気に声を出す。屈託の無い笑顔だ。
「アンプリオス、無礼な子だ。ミオ姐様とお呼び」だが、ミオの言葉には、棘がどこにも無かった。
「はい!」そう言ってミオの手を取って歩き出した。
この少年が、暫定のマリスファイア侯爵だ。この子が正式に、侯爵位を継ぐのはまだ早い気がする。そう感じるのは私だけだろうか。仕草が幼いのだ。
「ハーゲン子爵、他の者はどこに?」
「すでに皆様、お揃いです」髭ずらの恰幅の良い男が答えた。
「ふうん。出迎えにも来ないとは、私も舐められたものよ」
一瞬、ミオが別人のような声を出した。
ハーゲンは青ざめた顔で答えた。
「いえ、ご家族の再会を邪魔しては悪いと気を回してしまいました。ご勘弁下さい」
私は、宰相の立場にあるこの男の態度が、怯えているように見えた。
赤い絨毯の廊下の先にある、会議室の扉が左右に大きく開かれた。
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