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断罪された悪役令嬢に、ひきこもりが転生。貧乏平民からの無双。リリカ・ノクスフォードのリベリオン  作者: 織部


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王国の剣


 アルフレッドの淹れたお茶は、不思議なほどに体に染み渡る。

 ただ香りがいいだけじゃない。私の体調に気を遣ってくれているのが伝わってきて――少し悔しいけど、素直に美味しいと思ってしまった。


「ミオさんに、あれだけ大掛かりな暗殺を仕掛ける理由は何ですか? 犯人は?」

 問いかけた瞬間、それまで饒舌だったミオがぴたりと口を閉ざした。

 代わりに答えたのはアルフレッドだ。カップを置く仕草さえ無駄がない。


「それは……ミオ様が次の侯爵になるからです」

「黙りなさい! アルフレッド!」

ミオの声が鋭く空気を裂く。

――けれど、胸の奥で私は納得していた。そうか。だからか。


(この執事、ただの従者じゃない。策略家だ。いや、どうせクルミの差し金だな、あの野郎!)


「私の父、マリスフィア侯爵。それにミオさん――すべて同じ犯人の仕業ということですね?」

「……そうね。可能性は高いわ」

「それじゃ、クルミの誘拐は狂言ですか? アルフレッドさん?」


 今度は彼が沈黙した。ティーポットを持つ指先がわずかに止まる。

「……そうなのですか? アルフ?」

 ミオが追及する。やがて観念したように、彼は低い声で答えた。


「違います。誘拐は事実です」

「嘘だ! あの子の力で、簡単に誘拐されるはずがない!」

 私は知っている。クルミの強さを。


「本当なのです。……犯人は、あの方々のような気がします」

「ああ……」

 ミオは深く息を吐き、何かを悟ったようにうなずいた。


 そして私に視線を向ける。

「リリカ、ノクスフォード家の家訓は?」

「もちろん――『王国の盾であれ!』」


「そう。そしてマリスフィア家の家訓は、『王国の剣であれ』よ」

 歴史の試験に出るやつだ。だが意味は上っ面しか知らない。


「海軍が強いから、ですよね?」

 ミオは小さく首を振る。壁に飾られた古びた剣に指先で触れながら、囁くように言った。


「違うわ。王国の諜報と、影の力を担っているからよ」

「……知らなかったです」

 つまり、その機関がクルミを攫ったということか。


「諜報機関のトップはナッシュ子爵。きっとルミナ大司祭も協力している」

「じゃあ、敵なんですね?」

――また。ミオは沈黙した。


 彼女の沈黙は、答え以上の重さを持っている。


 ミオとアルフレッドは忙しいらしく、私は自由時間を与えられた。

「寝るのにも飽きたな……」


 そうして選んだのは、なぜか釣りだった。

 倉庫から古い釣具を持ち出し、堤防に向かうと、日焼けした大きな老人に声をかけられる。


「お嬢ちゃん、餌をやろうか?」

 どう見てもただの漁師じゃない。腕は丸太のように太く、全身に古傷が走っている。

 私はつい観察してしまった。……恐るべき存在、餌を。


「なんだ、餌もつけられないのか?」

「はい。だって……にょろにょろじゃないですか」

 結局、その長老――ベースさんに教えてもらいながら、私は何匹か釣り上げた。


 新鮮な魚、もらった海老や蛸。

 夕飯に並んだそれらは想像以上に美味しくて、感動のあまり疑問を忘れて眠り落ちてしまった。

「なぜこの島に留まり、セーヴァスに向かわないのか」という疑問を。


 翌日もまたベースさんに挨拶すると、彼は笑って言った。

「そろそろ自分で餌を?」

「つけません! お願いします!」

「ははは。じゃあ今日は船を出してやろう!」


 沖に出ると、私は尋ねた。

「他の漁師さんの姿が見えませんね? 働かないですね」

「違うよ、お嬢ちゃん。もう釣り終わって、セーヴァスに売りに行ってるよ! 今頃、酒場だ」


「ところで、マリスフィア侯爵ってどんな人ですか?」

 自然に情報収集――これが私の新技。どうだ。

「どっちの方だ? 坊やの方なら、お前向きじゃないぞ!」

「はぁ!?」


 何その基準!?

「いや、男前で真面目で大人しい坊主だと噂だ」

「マリスフィアらしくない……」


 つい口から漏れてしまった。だってクルミもミオもあんなに策略家なのに。

「そうだ。だから選ばれないよ」

「漁師さんにしては詳しいですね?」

「ははは。当主が誰になるか、賭けの対象だからな」


……庶民って、そんなもんなのか。

「不謹慎です!」

「それが海の男だ!」

 彼は豪快に笑い、舵を切った。


 遠くに、別の船影がかすかに揺れていた。その影に彼の顔色が変わっていた。

 そして翌朝――円卓会議の日。

「リリカ、散歩しましょうか?」

 ミオに叩き起こされ、魔物の森へと連れ出される。


「体調はどう?」

「絶好調です!」

 適度な運動、頭は使わず、満腹に爆睡――私の最強回復法、見つけました。


「でしょうね。この島は魔素に満ちているから」

 あれ? 私の仮説は外れたのか……。

 森を抜けると、古びた廃坑が現れた。


「小さい頃、兄さんとよく遊んだ場所よ」

 ミオは懐かしむように笑い、そのまま光の届かない坑道へ進んでいく。 


 嫌な予感がする。――いや、もう分かっていた。

 入り口にはすでに多くの人の気配が潜んでいる。

 振り返ったミオが、闇の中で微笑んだ。


「お待たせしたわね、リリカ。――あなたの出番よ!」


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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