天窓と執事とラスボスの父
眩しい光に目が覚めた。……異世界生活、二日目。
私はすぐに悟った。だって、元の部屋は朝が来てもずっと暗かったから。分厚い遮光カーテンに守られた六畳間、昼夜逆転の生活。自然光なんて、縁がなかった。
朝日が差し込むなんて、そんな健康的な奇跡、私の世界には存在しなかった。
けれど今は——天窓から降り注ぐ光が、白くて、暖かい。
「リリカ様、おはようございます。起きてくださ〜い」
エマの声。柔らかく弾んだ声が部屋に満ちて、思わず笑みがこぼれる。
そう、私の希望通り、手放さなかった寝巻きに着替えられていた。
でも……ちょっと待って。誰が着替えさせたんだ? 執事? まさかナイル? いや、考えるな。気にしない。
それが大人の対応。……ということにしよう。
さて、切り替えよう。朝の準備はサクッと済ませて、移動開始だ。
……と言いたいところだけど、食卓には豪華な朝食がズラリと並んでいる。どこのホテルビュッフェだよ。
昨日の夜、普段食べない豪華な夕食をいただいたばかり。胃袋の準備が追いつかない。
でも、この屋敷の執事(名前不明)の張り切りっぷりが凄まじい。目で訴えてくる圧が……すごい。光線級。
「……いただきます」
負けた。
「ご馳走様、セバス」
ナイルの声が聞こえた。……えっ、ナイルも泊まってたの!?
「あああっ」
思わず声が出た。しまった、やっちまった。全員の視線が私に集中する。慌てて誤魔化す。
……そうだよ、異世界で執事といえば「セバスチャン」って決まってるじゃんか! なぜ気づかなかったんだ!
でもこの執事、すごい。料理も一級品。たぶん、戦っても強い。いや、たぶんラスボスの右腕。というか、下手すりゃ本体。
「そうそう、私が王都に帰るって連絡を……」
話題を変える。ごまかすように、適当に切り出す。
「その件でございますが、既にご主人様には、伝令鳥を飛ばしております」
セバスは完璧な笑顔で紅茶を淹れてくれる。お見事すぎて腹立つレベル。
——で、本題。
私の父。元宰相。熊みたいな図体で、厚みのある声。
ゲームでは終盤に現れるラスボス。プレイヤーの心を折る憎き敵。理不尽で、重くて、強い。そういうキャラだった。
……けど今は? もう失脚したと聞いている。
どんな様子なんだろう。気になる。めちゃくちゃ気になる。でも、さすがに本人たちの前で「で、アイツ今なにしてんの?」とは聞けない。
「ご主人様は、とてもお喜びでございます。きっと、王都で再会できますでしょう」
「そう……楽しみね」
とりあえず、それっぽく返す。
うん、情報としては薄いけど、まあ満足しよう。
「……へ?」
再び、周囲の視線が私に集まる。
「変わられましたね、リリカ様。あれほどご主人様を嫌っておられたのに」
あっ……。
あああ、思い出した! 手紙だ!
リリカ(前の私)、ものすごく嫌っていた?
でも、嫌いと好きって、裏返せば同じコインなんだ。
「ええ、少しは大人になったのよ。……たぶんね」ちょっと茶目っ気を込めて返してみた。
場の空気が緩む。エマが、うんうんと頷いている。
ナイルは苦笑しているけど、深くは追及してこない。……ナイスフォロー、私。
深く息を吐いて、私はようやく思考を整え始めた。
状況はこう。私が転移してきたのは、「ゲームクリア後の世界」——たぶん。宰相は失脚し、私は隣国に逃亡。
すべては終わった、はずだった。
でも、違和感は確かに胸の奥にある。
「今は……いつなんだろう」
天窓の光が、まぶしいくらいに降り注いでいた。
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