奪われた友と奔る馬車
扉が開いた馬車に、私は身を投じるように飛び乗った。
「クルミ……お前は誰だ?」
客車には、スカーフで顔を覆った女がひとり座っている。布の隙間からのぞく面差しは、確かにクルミを思わせた。しかし──違う。私はその女に鋭く切り込む。
「ちょっと、勝手に乗り込んでおいて失礼ね。さすが土いじりばかりのノクスフォード一族だわ」
その女は、クルミより低く重い声で言った。
「扉が開いたから」
「馬鹿じゃないの。……まあいいわ。座りなさい。すごく揺れるから」
馬車はたちまち走り出し、車輪の震動が全身を打つ。私は身を支えるように座席へ腰を沈めた。
乗り込んだ理由──御者が、いつもの『マリスフィアのセバス』だったからだ。私の腰掛けた場所は女と対面。
後部の窓から流れる外の景色が見え、追跡する騎士団の馬の蹄音が遠くから重く響く。その後ろにはもう一台の馬車が続いているのを、私は確認した。
「それで、私を攫った理由は何ですか?」
女は肩をすくめ、微笑む。
「はぁ、はっきりさせておくわ。あなたは間違えて乗り込んだの。私たちも間違えて載せちゃったのよ、いいわね」
──故意の接触だったことにしたいらしい。無理がある。
「わかりましたから、要件を話して下さい。私も暇じゃないので」
「何よりも優先することよ。だってあなた、あの子の友達でしょ?」
「友達、ですか?」
「違うのかしら。あの子が何度もあなたの名前を口にするから。普段は私が聞いても何も話さないくせに」
ねちっこさと回りくどさに苛立ちながら、私は尋ねた。
「貴女は誰ですか? クルミはどこですか?」
「マリスフィアの一族よ。わかるでしょ。クルミは、きっとセーヴァスに連れてかれたわ。可哀想に。あなたと暴れたからかしらね」
「誰に連れて行かれたのですか?」
「若造のマリスフィア侯爵よ。セーヴァスに帰ったら、どこかの国に売り飛ばされちゃうだろうね。同情するわ」
その話は、クルミからそれとなく聞いていた話と同じ。しかし、彼女の持つ力なら簡単には捕まえられない。降参しない限り。
つまり、なんらかの理由があるはずだ。
馬車は、マリスフィア侯爵が殺されたトンネルの前で停まった。
「まさか? セーヴァスまで?」
「当たり前でしょ。貴女、救うんでしょ、クルミを?」
そんな義理も約束もないのに、行動を決め付けられることに私は苛立った。しかしそれより嫌な予感が胸を締め付ける。
「トンネルに爆薬の罠が仕掛けられています」
御者を務むている執事長が叫んだ。
「アルフレッド、なんとかなさい!」
「わかりました、ミオ様。しかし解除しないと危険です」
気付けば追跡していた騎士団は馬を降り、攻撃の構えを取っていた。火矢の弾ける音、馬の嘶き、兵士たちの足音──緊張が濃く空気を切り裂く。
「役らは何者ですか?」
「さあ、よほど貴女は嫌われているのね」
だが、ミオと呼ばれた女性は全身震え顔面は蒼白だ。
私を馬車に乗せる前から、追われていた。狙いは私では無いはず。
私は逃げ出そうと、馬車を降りると、アルフレッドと呼ばれていた、クルミの執事長が、目の前に現る。
「お願いです。クルミ様を助けて頂けませんか? 貴女のお力をお貸し下さい!」
深く頭を下げる姿に、セバスチャンの面影が重なる。彼もまた、主人を救えなかった悔しさを抱えているのだろう。だから。
「わかったわ。コーヒーとチョコ奢ってもらったからね」
まあ、仕方ない。借りは返しておかないといけないし。
騎士団、いや謎の暗殺軍団が、火の矢を放ってくる。トンネルで挟み撃ちするつもりだろう。
もう、危ないじゃない!
「ストーンウォール!」
私は土の壁を、彼らの周囲に高く厚く立ち上げた。壁の中の敵は武器を振っても無力。声と足音が混乱を伝えてくる。
「金具がささらないから、登れない……この壁硬いぞ!」
「壊れないのか? 全員で突撃すれば……」
「誰か いないのか? 助けて!」
私たちは壁の外。声と音だけで状況を把握するしかない。
色々と試しているようだが、土の壁の強度は最上位。高さは、数階分。それと少しずつ補強している。
「ファイヤーワークス!」
空に花火が炸裂し、後方の馬車への合図を送る。セバスチャンやドノバンに「一人残らず捕まえろ」の指示が伝わる。
私の魔術に驚いているミオ。
「凄いわね。貴女、強いわね。褒めてあげるわ」
「ふん、クルミの方が強いわよ。貴女はそんなことも知らないの!」
私は嫌味を言った筈なのに、なぜかミオは嬉しさを表に出していた。本当、わかりにくい人間だ。
アルフレッドに指示を出す。決意が揺るがないうちに進みたい。
「さあ、今の間に先に進みましょう」
「罠や爆弾が仕掛けられています」
「大丈夫よ。水びたしにするわ。スプラッシュヴォルテックス!」
トンネル内に大量の水を流し込み、爆薬や罠を洗い流す。水の奔流が轟音を立て、障害物の石や瓦礫をも押し流し、安全に通過できる。
「爆弾は消えました。罠も壊れたと思います。ゆっくり進みます」
さて、トンネルの向こうに何が待ってるのだろう。待ち伏せしているのは間違いないのだ。
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