黒船商会急襲
私は、驚いた。いや、思わず驚きの声をあげてしまった。
「失礼ね、これでもマリスフィア公爵家の令嬢よ」
「そうですね……失礼しました」
「そう思うわよね。私のことを調べたら?」
クルミは意地悪く笑みを浮かべた。私は黙って頷く。
「遠慮のない子ね。私が聖女候補として引き取られた養女だって聞いたんでしょ?」
「はい」
「だけど、本物の聖女が現れた。一点の曇りもない、本物の聖女――『ソフィア』がね」
それは彼女の地位を揺るがし、誹謗中傷を浴びた。ドノバンの情報で、すでに知っていた。
「……大変でしたね」
「いいえ、その時わかったのよ。マリスフィア侯爵――いや父さんのこと。父さんはこう言ったの。『それは良かった。クルミは自由に生きることができる。俺のお前への気持ちは変わらない』って」
ただ政治のために養女を取ったわけじゃないと。
「変なことを言って、すみません」
「ううん。多くの人に手のひらを返されたのも事実よ。でも、父さんが守ってくれた」
それだけ言うと、彼女は深い思考に沈んだ。
「リリカ。さて、そろそろ着くわね。頑張りましょう」
黒船商会は、なぜか王都の外側にある古い廃城を改修して事務所にしていた。王都内には黒船屋という店舗もあるのに。
錆びた鉄の柵で閉じられた門。
「やりなさい!」
御者の男が魔術を撃つ。鉄の柵はばたんと倒れ、何事もなかったように廃城へと馬車は走り出す。
(やるなぁ、マリスフィアのセバス……!)
思わず心の中で賞賛した瞬間――。
「あなたの家のセバスのようでしょ」
クルミが私の目を覗き込む。
(ま、まずい……! この人、読心術できるの!? 確かめよう、心の中でクイズでも出してみるか)
(今日の私の下着の色は?)
「さあ、突撃よ!」
クルミは私のクイズを完全に無視して、馬車から飛び降りた。
(無視された……私の立場はどこへ!?)
慌てて私も飛び降りる。
「王国の特別監査だ! 開けなければ、強制執行する!」
いつの間にか、黒いスーツ姿の男たちが玄関の前に並んでいた。
「はぁ、この人たちは?」
私はクルミに尋ねる。
「私の手の者よ。二人じゃ手が足りないからね。――内緒だよ」
中には人の気配。話し声が聞こえてくる。
「時間切れです」
(えっ、早くない!?)
クルミは腰の剣を抜き、鋼鉄の厚い扉を、まるでバターのように切り落とした。
(まじか……もう逆らいません。私の魔術より遥かに早い!)
「失礼しまーす! 逃げようとする者は全員捕えろ!」
指示を受け、クルミ家臣団が雪崩れ込む。
次々に黒船商会の社員が拿捕されていく。
「俺たちが何をしたっていうんだ!」
「これは法律違反だぞ!」
しかし、クルミは冷静に言い放つ。
「何を言っているの。業務執行妨害よ。それに、こちらの呼びかけを無視して重要書類を隠蔽、逃亡をはかろうとした。私たちは――王国国税局!」
かなり強引な捜査だ。
「ふざけるな!」
奥の部屋から大男が現れた。派手なアロハシャツに黒光りの坊主頭、腰には二本の大きな曲剣を下げている。
「お前、何者だ?」
「俺はここを預かる黒船商会・王国支店長――ダダだ!」
クルミの台詞など無視して、ダダはこちらに迫る。
「仕方ないわね。リリカ、やっちゃいなさい!」
「え、私!? ……でもやるしかない!」
「ウォーター!」
高出力の水魔法が大男を襲う。
どかぁん。
ダダは壁まで吹き飛び、半分めり込んだ。
「あーあ」クルミが笑う。
(いや、笑い事じゃないから!)
しかしダダはすぐに頭を振り、怒りで目を震わせながら剣を抜いて迫ってくる。
「うわ、近づかれたら危ない!」
「あ、ごめん! やりすぎた。水魔法だけに……水に流しましょう!」
必死の謝罪も通じない。
「ウインド!」
風魔法で再び吹き飛ばす。ダダは天井にぶつかり、両手の剣が突き刺さったまま逆さになる。
(困ったな……私の魔力は無限でも、このままじゃまずい!)
「お前、必ず、殺す!」
怒りの声が胸を締めつける。
(……そうだ! かんちゃんの時みたいに、動けなくすればいいんだ!)
土魔法でダダの足を固定――しかし慌ててしまい、天井からコウモリのようにぶら下げてしまった。
「ははは、面白いわねリリカ!」
クルミは笑い転げる。
ダダが暴れるたび、私は足の固定を強化。逆さ懸垂で血が上り、やがてダダはぐったり。地上に落として砂風呂状態に固定する。
「ふぅ……やっと落ち着いた……」
ホッと一息つきながらも、まだ心臓はドキドキしていた。
「さあ、捜査を続けましょう。クルミ先輩」
「そうね、リリカ。あなたに尋問を任せるのが、一番向いているみたい」
クルミは微笑み、私の背中を押すように見つめた。
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